音波素粒子 -vox-
http://ks-cube.net/vox/
ja
2008-07-24T14:14:39+09:00
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揺れる
http://ks-cube.net/vox/archives/000848.html
昨夜の地震はまず驚いた。ちょうど寝入り端のことiPodでKeiko Leeを聴いて夢の世界に引きずられようとした直前にのんびりとした横揺れ。「震度3ってとこかなぁ」と起き上がることもなく横になっていたら唐突に揺れは縦揺れに。ドガダカという音と共に軽量鉄骨のアパートは揺れましたよ。慌てて飛び起きて窓を開けては避難路の確保。でもってスピーカーを押さえておりました。 幸い落下物もなく。電池にて3点支持をしているCDプレイヤーの位置が少しずれたくらい。NHKの速報を30分ほど眺めてから就寝。震度5弱ですか。自分がこれまで経験した中では最も大きい地震。 岩手・宮城内陸地震の時もそうだったけれども、ここしばらくの東北での地震のタイミングでことごとく東京にいたためにここにきてツケが回ってきたかの感。今回は被害も比較的小さめで何より。日中に発生していたら結構な被害が出ていたかもしれないけれども。 しかし現状確保を最優先にする対象がスピーカーというのがなんとも。お師匠様ハンドメイドのスピーカーが、現時点での僕にとっての最大の財産ということなんでしょうかね。どうぞ落下してくださいといわんばかりの机の隅に置かれている液晶ディスプレイよりもスピーカーか。業ですな。...
hibi
K.Sato
2008-07-24T14:14:39+09:00
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COVERS / ジェロ (2008)
http://ks-cube.net/vox/archives/000847.html
地道かつ多忙な営業を実を結んだか、ネタ歌手から脱した感のあるジェロ氏。「ミュージックフェア」でPerfumeと並んで座るその姿からも心なしか色物感が消えてきたような。無論、どっちも色もn(ふがふ ---------- で、例のカバーアルバム。演歌歌手のアルバムにカバー曲が多数収録されることはその世界では常識のことなので、これに関してはとりたててカバーブーム云々で語る文脈は持たない。 本筋。掘り出し物2曲「水鏡」「本牧メルヘン」のためだけに聴いても損をしない、すなわちその他をヒット曲で固めている以上は全体として損はさせない内容。SOIL&“PIMP”SESSIONSやマーティーのゲストも範囲を飛び越えないところで大人しく座っているともいえるし。 で、ふと気づくとジェロの特徴というのは「海雪」という曲そのものが持っている強さであって、ボーカリストとしての特徴においては発展途上、世間に染み渡るにしてもまだまだ時間が足りていないように思える。すなわち掘り出し曲以外の楽曲ではまだまだ「普通にうまい兄ちゃん」の範疇を超えられず、と。 例えば氷川きよしのような圧倒的な特徴を持った歌手であれば声が強力な武器になるわけだけれども、ジェロの場合はその丁寧な歌い口が魅力というある種の当然さが勝ってしまう限り、それ以上の特徴をどのように打ち出していくかが今後の課題。アメリカ出身という魅力になるのかならないのかさっぱりわからない特徴は別として。「本牧メルヘン」に垣間見える水っぽさが意外とはまっているあたり、演歌歌手というよりは歌謡曲歌手であるジェロのこと、歌謡曲のお水への親和性の高さということをもとに、これを一つのヒントにしたい。臭みを身につける時間をね、もう少し。...
albums
K.Sato
2008-07-12T23:04:14+09:00
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徳永英明 1000th LIVE / BS-hi (2008.6 O.A.) -カバーとのつきあい方
http://ks-cube.net/vox/archives/000846.html
録画していたものから。 オリジナル曲とカバー曲との収録数のバランスが良く、最後まで腰をすえて楽しむことができた。闘病生活後に高音が出なくなったなどといわれているけれども、なかなかどうしてオリジナル曲ではあのいい高音を聞かせてくれる。ヒットしていた当時よりも自分が年をとってしまったせいか、名曲度が高まったように聞こえるのはやっぱりそういうことなのでしょうか。 さてはてなかには数年ぶりに聴くことになるオリジナル曲の高音に触れるにつけ、思うに『VOCALIST』シリーズにおいて高音をブイブイ言わせてしまうと、男性が女性の曲を歌うという最も重要なコンセプトの大きな部分が欠けてしまうことになってしまっていたんじゃないかと。 しかし「雪の華」をこの人がカバーをしなければ僕の中でのこの曲の評価は決して高くはならなかっただろうし、『VOCALIST』シリーズの美しさに気づくのも遅かっただろうと思う。玉石混淆あるけれどもカバーというものにはそういう役割があるのだということを忘れずにつきあっていきたいと思う次第。...
hibi
K.Sato
2008-07-08T22:14:55+09:00
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Fried Pride@仙台enn
http://ks-cube.net/vox/archives/000845.html
今回は二人だけでの来仙。それもあってか自由度と純度の高いFried Prideを堪能することができた。何よりもリーダーとShihoのやりとりが芸人並みにブラッシュアップされていて、会場の半数近くを埋めた「Fried Pride 初体験」組を一気に虜にしていたことがなにより。そのせいもあってステージではアドリブたっぷりに遊んでみせてくれたシーンもあり、面白い事しきり。 リーダーこと横田氏の今回のプレイはパーカッションがいなかった分だけ、パーカッシブであることに重きを置いていたような。それもまたリーダーのプレイならではの魅力なのだけど。 Shihoの声は年を経ることにどんどんシルキーになっている。アタックの強さにばかり頼ることなくとにかく聴かせる。ハンドマイクの指向性が高かったためか、オフマイクにした際のロングトーンなどでは生声とPAを通した声とのブレンドがよく声がまっすぐと向かってきて、それはもうゾクゾクするわけで。Shihoは絶対にライブの方が良い声を出しているよ。エディットをしないライブDVDかアルバムをだしてくれやしないものか。Fried PrideをオリジナルCDのフォーマットに押し込んでいることがもったいなくてならない。 アンコールラスト、山口百恵の「さよならの向う側」での会場を巻き込んでの集中力は特筆もの。完全にShihoの持ち歌にしておりました。他にも新曲を多数織り交ぜてのセットリストだったために、次のアルバムにもかなりの期待が。ただの「ベスト盤レコ発ツアー」ではありませんでした。さすが。何から何までFried Prideクオリティ。...
itsSHOWTIME
K.Sato
2008-07-04T18:01:33+09:00
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「K-POP」なんて表現じゃ全然足りないよう!
http://ks-cube.net/vox/archives/000844.html
http://www.k-plaza.com/shop/item_05_09_05090067 韓国より荷物が届く。ラブソングばかり4枚組71曲も収められたコンピレーション。パッケージからしてすごい。A4変判のブックレットに写真がたっぷり。写っているのは収録されている歌手か? オーディオ的な音の良さは結構感心。日本も見習おうよこれ。で、肝心の中身といえば。送り主曰く「初期チャゲアスが別方向に曲がっていった結果みたいな」。歌謡曲を総打ち込みにしてR&Bのテイストを載せる。そこに韓国的激情と愛情に熱情をたっぷりとつけ込んでは取り出し、純粋に歌のみに特化して曲を作ったらこんな感じになりましたというガラパゴス的帰結。イントロもアウトロもシンプルったらありゃしない。 いやいや日本も相当に音楽におけるガラパゴスだとは思っていたけれども、韓国本土はそれどころではない。日本で活躍している韓国人アーティストはいかんせん音が日本用につくられてしまっているので、やたらとくせのあの麺に濃いスープが絡み合ってしまいわけのわからない音楽になってしまっているのだけれども、本土向けの音楽においては発音におけるバラエティが若干少ないように思われる韓国語で、韓国向けの曲重視のアレンジに乗せているものだから非常にシンプル。しかしなんともなんだこれは。韓国版「歌謡ステージ」を見ているような気分にもなってくる。時代に統一感がなさすぎる。アレンジこそは今風に整えられているものの、繰り出されるメロディと熱情の年代がボーダレス。一体これはどこで派生した楽曲だ?あ、韓国か。 これを書いている時点でまだDISC1を聴いている最中なのだけれども、もうこの時点で相当にお腹いっぱい。なんかアジアでチャゲアスや徳永英明がうけていた理由が今ごろになって分かってきたような気がする。こてこての浪花節歌い上げ系アーティストが彼の国々ではうけやすいんじゃないかと思ってみたり。激情を注ぎ込みすぎてオーバードーズを起こしてしまった平井堅とキム・ヨンジャの華麗なる上澄みブレンド、すなわちこれはポスト歌謡曲なんではないかと!...
FIRSTimpression
K.Sato
2008-06-24T17:04:45+09:00
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これも平らげる
http://ks-cube.net/vox/archives/000843.html
叔父が自ら命を絶ってから百と数日。家族内外親族医療福祉諸々のネゴシエーションやコーディネートも一段落して戻ってきた仙台。途端に襲いかかる途方もない寂しさと寄る辺のなさ。音楽がそれを増幅させたり麻酔をかけてくれたりしてくれることを実感するReー独り暮らし。心がちぎれてしまいそうにもなり脳内分泌物をめあてにタバコに手を出したりもする。酒はお腹と時間を無駄に満たしてしまい、建設的な解決を求めるにはほど遠い存在。それでも杯を重ねる。 建設的解決? 今の自分が必要としているのは漠然と戻ってきてしまった自分の時間に対する畏れをどのようにして食べ尽くしてしまうかにある。食べて食べて食べまくって消化する。時の運も消化する、心の澱も消化する。アンチ食わず嫌い。一人の死に影響される自分であってたまるかと歯を食いしばったりもしてみる。時には引きずられてしまいそうになりながらも、これもまた一つ平らげなくてはならない皿なのだと思い前向きに諦めることにする。 サイドオーダーに音楽を注文して。時に選択を誤りながらも。...
nervousbreakdown
K.Sato
2008-06-20T21:52:28+09:00
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ラフマニノフ:ピアノ協奏曲 / アシュケナージ / プレヴィン / ロンドン交響楽団 (1972)
http://ks-cube.net/vox/archives/000842.html
実家のミニコンポに接続させたiPodの音が絶望的に平板でたまらないからか、それとも単に疲れているからなのか、手元にあるCDを再生させることが多い。とはいえ今現在手元にあるCDは荻野目洋子とラフマニノフだけなのだが。 起き抜けにたまたま放送されていた「題名のない音楽会」でガツンと脳天にトンカチを喰らわされたラフマニノフのピアノ協奏曲。速攻で目を覚まして速攻でクラシックのお師匠様に問い合わせる。「何かいい音源はないか!」 ということで入手した演奏。このところのストレス解消剤として頻繁に利用されている。ちょこっと聴いたり全編聴き通してみたり聴き流してみたり。 脳天に喰らったトンカチの正体はすぐにわかった。ピアノという主人公が番を張っているからこそに得られるこのカタルシス。映画音楽にも頻繁に使われているということを今さらながらに知り、さもありなんと納得させながら今も聴き流している。がっしりとした骨格、肩肘を張らせない優雅さ、太くしなやかなバネ。そして決めゼリフや殺し文句の多さ。脳がまったりとする隙を与えない。言うことなし。 現代音楽というと語弊はあるけれども、ここからポップスが生まれてきそうな若さが、今の自分の耳が求めている波長と合致したのかもしれない。それこそが音楽との巡り逢いという、まぁ自分にとっては散財の元になる厄介な楽しみなのだが。 ああ、早く自分の部屋に帰ってこのラフマニノフのもっと奥まで入っていきたい。 ref.ラフマニノフ:ピアノ協奏曲 / アシュケナージ / プレヴィン / ロンドン交響楽団 (1972)...
albums
K.Sato
2008-06-11T22:56:37+09:00
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株式会社トレド
http://ks-cube.net/vox/archives/000841.html
サービスエリア(以下「SA」)最大の誘惑というか、SAに欠かせないもの、それはSACD販売。もちろん Service Area Compact Disc の略。ここ数ヶ月やたらと高速道路を利用する機会に恵まれたこともあってか、SAに寄るたびに必ず目を通し、そして何度も手にとってはレジにまで運びたい衝動に駆られる自分を押さえつけるところに運転の疲労感が吹き飛ぶ何かを感じずにはいられない、あの安っぽいCDラックに押し込まれているあの「DISC倶楽部」などと帯にロゴマークが光るあのCD群。 何度も「いつかはこの会社を検索してやろう」と思っていながらも、運転し始めてしまうとすぐに頭の片隅からも消えてしまう存在だったSACDの供給元。株式会社トレド。突然思い出してやっとこさ検索してみると、想像通りに「真っ当な」会社さん。流通販売ルートを限定させるのと同時に版元に直接企画を持ち込んでカタログを作り上げるシステムと見た。とにかくベスト盤に強く、また、海賊版のような風体でありながらもしっかりと版権はクリアしているというそのシステムに男としての心意気を感じる。筋は通しながらもニッチに活路を見出す生き様。それはあのSAならではの24時間蛍光灯全開眠気排出活力供給スポットとしてのレゾンデートルに一役買っているのではないかと思われるあのSACDスペースが好きだ! と、ただそれだけの話。 でもここ数年のベスト盤&リマスタ盤ラッシュの嵐のあおりを食ってか「欲しい!」と思わせても「でもどの曲も持っているんだよなぁ」というあたりが悔しい。俺様iPodは俺様にとって最強な存在になってしまっているから。それでいてもどのSAにもほぼ同様のラインナップを提供しているかつ適度な懐メロ臭をがっつりと漂わせる=カタログ数は限られているという環境であるにもかかわらずについつい手に取らせてしまうその磁力に魅せられて早幾年。そろそろ「そんな超ニッチがあったか!」という企画盤に巡り逢いたい。徳間ジャパン版元の暗黒アイドル歌謡史的ベスト盤が出ているあたりでそれ以上のニッチを望むというのも酷なのだけれども、それでも運転に疲れた身体にわけのわからない興奮を注ぎ込んで眠々打破させてくれる存在として、もっともっと株式会社トレドさんにはがんばって欲しいと思うわけでありますよ。 楽天からも買えるしね! と、本当にそれだけの話。...
hibi
K.Sato
2008-06-02T23:21:00+09:00
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閉塞感!閉塞感!
http://ks-cube.net/vox/archives/000840.html
自分から音楽を取り除いたとしてもその他に何かしらの新しい血液のようなものを代わりに求めてしまうのだろうと思った時点で、自分にとっての血液のようなものが音楽なんだよなぁと、そんなことを毎日繰り返して考えている絶望的な今日この頃。 音楽における優劣なるものも考えてみることもたまにはあり。が、それはあくまでも自分にとっての優劣であって第三者に同意を求めるようなものでもない。また自分の中でその軸がぶれることなく確固としてあるとも言い難く。 ここまでただつらつらとキーボードを叩いてみても何か新しい話が出てくるわけでもなく、単に暇すぎて倒れそうになっているだけの自分を語っているだけのことで。読書をするにも隣室のテレビの音がでかすぎる。音楽を聴いて横になっていると眠ってしまう。散歩をしようとしたら雨が降ってやがる。プチネガティブ。プチという単語は便利な単語だな。プチ名作。プチ駄作。今自分が聴いているものはどっちだろう。それともプチではなく超、かな。 意味がない。 こういう日に悪あがきをしてもどうにもならない。悪循環に陥るのがオチ。やんごとなき方からの命「黙っておとなしくしていろ」ということなんだろう。そんなことを考えている時点で何かが微妙に病んでいる。本人はいたって元気なのだけれども、間違いなくどこかが壊死している。そりゃため息の一つや二つも吐き出して曇り空を見上げるってもんだ。閉塞感!閉塞感!と歌っていたのは誰だ。ポルノか。安いなぁ。安い。安いか高いかという尺度を持ち出して音楽を考えてみたところで、プチ⇔超とか考えている以上に無意味なことをしようとしている自分がここにおりますよということで。安くても美味しいものはいくらでもある。 本当に意味がない。意味があるというのであれば、その意味とやらの作り方を教えてくれ。...
hibi
K.Sato
2008-05-30T11:24:00+09:00
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DV-600AV「改」
http://ks-cube.net/vox/archives/000839.html
ゴールドムンドオーナであり現在僕が使用しているスピーカーの製作者でもあり、オーディオに関する全ての面に対する探求心が旺盛なお師匠様の下、パイオニアDV-600AVが「改」バージョンとして生まれ変わった。 とはいえ使ったのは、 ・鉛シール ・銅箔 ・フェライトコア の三種のみ。 鉛はバラストの役割として天板裏、メカの真下、そしてトレーの裏に小指先ほどのものを2枚貼付。これによって本体やら何やらが軽すぎるがゆえに発生する振動をおさえ込むことに成功。ただし一度は貼りすぎで女性ボーカルが悲惨な目に遭い、その後に細かくチューニングした結果が現状の「改」バージョンとのこと。 [図:トレーの下に貼られている鉛シール(画面右下奥)] 自分が最も驚いたのは銅箔を貼るという細かい作業。振動対策とシールドを狙って全てのICチップ上に、そのサイズに合うように細かく切って貼り付け。また、モータも上下を挟み込むことによって振動対策を施したとのこと。天板の1/3ほどのスペースにも貼られている。この1/3というのがミソか。 [図:銅箔全体像] [図:こんな小さなチップの上にも銅箔] [図:天板にも銅箔] [図:本体と天板の接点部にも銅箔] それ以外にも本体内のケーブルをくるむようにフェライトコアを噛ませてみたりと、じっくり2週間ほど煮詰めてもらった結果。 [図:フェライトコア] SACDに関してはここまで煮詰めてもやはりゴールドムンドの残響音の処理には敵わず。アタックした瞬間に残響が同時に降ってくるのと、その音の消え具合は「恐れ入りました」の世界。やはりこれはSuper-SACDかと。とはいえ600AV改も音の見通しが格段に向上している。主役となる音の後ろに隠れていた音たちも姿を現し始めた。改、すごい。 そしてCD。これは音の速さに関してはゴールドムンドと遜色のないレベルにまでやってきてしまった。悪名高いブラインドテストとやらを実施してみても、下手すると聞き分けられない世界に来ているのではないかと。 ただしその肉迫な音作りも師匠様が持っている知識とデータ、そして勘が呼び寄せた結果のこと。600AV改を自宅に持ち込んでの最終セッティング中にも、600AV改にさらに手を出すか否かと悩みに悩んだ結果、スピーカーの工作調整とケーブルの適材適所への配置、および600AV改の設置方法のチューニングを行うことで全ては解決。これまで長年使用していたDAC代わりのD-06(DAT)もHDDレコーダとPCからのUSBワイヤレスシステム専用のDACとしてのセミリタイヤ。しかもCD使用時には電源を切っておくことに決定。D-06の電源が入った状態だと音が派手に鳴りすぎてしまうのです。おそるべし電気周り。 と、このようにして僕好みの「どんなジャンルのどんな時代の音楽でも、とにかく全ての音をが見える楽しい音作り」に合うシステムがひとまずの完成を見ることに。 僕の好みを全面に採用してもらっているので、決して万人受けするシステムではないのだろうけれども、このように「俺専用」システムを作り上げていくことがオーディオ遊びの醍醐味。今回はその全てを師匠様におんぶにだっこだったわけだけれども、そういう調整をしてもらえる師がいることにただ感謝するのみなのであります。 ということで現在の構成。 アンプ:Luxman SQ-38 Signature (師匠所有物) CD&SACD:Pioneer AV-600DV (師匠改造バージョン) DAC:Pioneer D-06 (DAT) HDDレコーダ:SONY RDZ-D70 USB:RATOC REX-Link2 スピーカ:師匠作成オリジナル2ウェイ スピーカケーブル:\200/m程度のケーブル+銀線でバイワイヤ すなわち師匠依存症。 600AVの秘密も教えてもらったのだけれども「それってSACDプレイヤーとしてどうなのよ?」というSACDの本筋、根底を揺るがすような事実なので敢えて伏せておいた方がよいような。師匠のように基盤の流れが読める方ならばすぐにわかる仕掛けというか特性らしいのであります。僕はその話を聞かなかったことにしました。知ってしまうとダメダメなプラセボが働いてしまうような気がしてならないから。...
adultvideochigau
K.Sato
2008-05-26T12:47:00+09:00
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今日現在の「自分と音楽」
http://ks-cube.net/vox/archives/000838.html
※これは特定アーティストを誹謗する意図を持つ文章ではありません。 移動中にフジファブリックの新譜を聴いた。このアーティストの作品を聴くのは初めてのこと。聴き始めた瞬間にくるりの『さよならストレンジャー』が頭の中を駆け巡り始めた。フジファブリックは3曲目まで耐えた。結局我慢しきれずiPodのホイールに指を滑らせてくるりのそれを再生させた。新幹線がホームを出る直後、最後の曲まで聴き通した。 ---------- 音楽の市場は極端に狭い。一方、同年齢層で輪切りにすると「音楽を聴く」という行為一つとってもその方法、スタンス、流行はとらえどころがないほどに広いものになる。それを端的に現しているのが「類似の飽和」ではないだろうか。ミュージシャンにとってのルーツとなる音楽、その源流も既存のものという名の下に限定される。リスナーにとっての目安となる音楽の種類は相似と語るのがふさわしい。特定のジャンル、相似の音作り、二番煎じ、三番煎じ、時代が作り出す傾向、同世代性。相乗効果で聴き漁るという行為が発生する。しかしそのコアとなる音楽の種類は自ずと限られる。それでも次から次へと放出させられる、そして手を伸ばす、聴き漁る。 聴き漁ることが耳を肥やすことへとつながる。しかしそれはあっさりと飽和してしまう。飽和した先には同類が待ち構えている、またはルーツに行きつく。しかしそのルーツも無限ではない。メロディとアレンジの発明の元に、やはり同時代性や類似系に依存して少しの加工の下に掘り下げてられていく。 作り手でもなく聴き手でもない音楽の送り手はその対象を見極め選び出す。くるりとフジファブリックの間には一回りの世代の差があり、それでいてリスナーは重複するところにある。前述の聴き漁る行為において必ず重なるところに位置づけられる。それでも類似系を好むこの耳がその類似を好ましいものとして受け入れる。または知った顔をして受け入れていることもあるだろう。 その点で作り手であるところの後発組は常に別の切り口を求められているのかもしれない。それはそれで不憫なことなのかもしれないが、類似系を求める耳たちにとってみれば過剰摂取こそが喜びでもある。存在する意味は少なからず発生している。 ---------- かくいう自分は音に付加価値を求めたがる傾向にある。音以外の想像力をかき立てられるか否かに自ずと傾いていく流れだ。同時に「類似としての二番手」への接触方法、接点を探しあぐねることも多い。音に接することのできる時間は限られている。限られている中で自分の感覚を増幅させるために音楽を摂取するのであれば、ジェネリックであるところの二番手よりも私の目にとっての先駆者であるところの旗手を選択する。 その点で失敗したのがフジファブリックなのかもしれない。もしくるりよりも先に出会っていたのであれば旗手は入れ替わっていた。いや、本当にそうなのだろうか。想像力をかき立てさせる音楽として、くるりとの出会いのタイミングは必然だったのではないだろうか。 ---------- 音楽という素材に対し、音楽からかけ離れた位置で価値を求めようとする。そこに求める満足をアーティストに課すのは贅沢でもあり不遜でもある。それを承知の上で、やはり自分は常に旗手を求める。そして惜しくもタイミングを逃してしまったアーティストは記憶の隅に追いやられるようにできている。それでいい。音楽を覚えるという行為から先へ進み、音楽を嗜むところに自分がさしかかっているということの表れでもあるから。...
hibi
K.Sato
2008-05-22T18:42:34+09:00
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Dragon head Miracle / 吉井和哉 (2008)
http://ks-cube.net/vox/archives/000837.html
人生とやらを営むにおいては予想もしなかったことが唐突に目の前に立ちはだかったり、その崖を無理矢理に登らせられたり、ときおり千尋の谷に叩き落とされたりするわけだけれども、生きてさえいればどうにか満足を得るような日もやってくるんではなかろうか。それが失調からほんのちょっとだけ復活しただけという、結局プラマイゼロなだけの満足感であってもね。 ということを、失調直前復調気味の中で見たライブの記憶を掘り起こしてくれるディスクを前にして実感してみる今日という日。ようやくあの日のレベルに戻ってきたような気がする。地面もぐらつかない、活字も目で追える、喉の裏に杭が打ち込まれているような辛さに悩まされることもない、朝は普通にやってくる。 ---------- ということでここ一週間でかなり元気になってきました。そう考えてみると4月は無理を無理矢理に合理に返すようにと無駄な努力ばかりをして空回りをしていたようであります。もう少しばかりこのディスクを聴き込んでは、3月9日の午後に始まりゴールデンウィークが終わる頃まで続いた暗黒デイズをスキップさせ、「今年」を今に取り戻したいと思う次第であります。どうせならばお釣りをどこかに返してしまえるほどの勢いで。ということで、吉井さん、何とぞご協力よろしくお願いいたしますよ。 ref.Dragon head Miracle / 吉井和哉 (2008)...
hibi
K.Sato
2008-05-17T19:21:59+09:00
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や、ちょっとまってよ、それ。
http://ks-cube.net/vox/archives/000836.html
季節はずれのおでん屋に時代遅れのマイラバ、オーグロ、クワタ、リンドバーグ、KAN、エトセトラ。要因は雨天中止試合と気まぐれな巡りあわせの妙。 なんというパーフェクトな仙台クオリティ。いや、ちょちょちょちょっと待ってよ。...
hibi
K.Sato
2008-05-14T23:04:29+09:00
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iPod & (2)
http://ks-cube.net/vox/archives/000835.html
本当にやることが何もない。しかも今自分がゴロゴロしている部屋は、本来の自分の部屋からは350kmも離れたかつて自分の部屋だったところだ。 過去の積分時間も現在の積分時間も中途半端に上積みされて、そのへんてこりんなカーブが描き出した接点上で困ったことに宙ぶらりんと止められている状況にあるのが今。中途半端に機材があって、中途半端に音楽なんか聴けちゃう環境で、面白いのか面白くないのかもわからないマンガ本を天井に向かって掲げながら、頭の上から降ってくる音の造りに少しだけ心和まされてみる。 そんな二束三文にもならない一日でも、風が強かったせいかほんの少し早起きをしてしまったせいなのか、えらく久しぶりにプールに足を運んでみる気になっただけでもわずかながらも価値があるか。どれくらい久しぶりなんだろう。スイムウェアに袖を通し、いやもちろんそんなはずはなく、肢を通して身体を動かすこと小一時間。お手洗いに立ってふと見た身体のラインはすっかりずぼら、でもこれまた中途半端なスリム。ぴたりと締まったスイムウェアのラインとブルーがだらしのない上半身に向かって何やら厭味を放り投げているようでもあり。 そこでさらに身体に追い討ちをかけて絞り込むほどの気合いを充填することすら面倒になり、そして数段落前の自分へと至る。 暇だ。とにかく暇だ。明日は忙しくなりそうだけれども、今日はすこぶる暇だ。暇すぎた結果が自転車、散歩、水泳のトライアスロンな一日。どっちやねん。最後の音楽にアルコールの一杯でもついて回れば最高なのだけれども、これまたこの身体がそれのリジェクトをこのそのあのどの求めているのだからどうにもこうにも。 ああ、暇だ。全ての音が眠く頭の上から降りそそいできても、この自分自身はさっぱり眠気をおぼえず、そしてやむなく自分で交換をする羽目になったかつて自分の部屋だったところの蛍光管をぼんやりと眺めてみたりもする。そして暇の折り返し地点を三十回ほど往復したところで、無駄にキーボードを叩いてみたりもする。音楽は適当に鳴っている。聴きたいわけでもなんでもないのに、音楽はだらしなくいい加減に鳴っている。音楽を止めてしまえば聴きたくもないテレビの音が聞こえてきてしまうからしてやむなく鳴らしている音楽。横になってみたりもする。また再びコミックをめくってみたりもする。全てが中途半端に過ぎるから、適当に自分の中すら通らずにかすめて逃げていってしまう。暇をもてあましてはシャツを脱ぎ捨てて半裸になってみたりもする。シャツを振り回してみたりもする。 フィクションはよくない。 そういえば読み始めたコミックスの登場人物が把握できていない。1巻に出てきた登場人物への再会が28巻であったのならばそんな自分もまぁ許してやらないことはないが、数ページ前に出てきた人物を把握していないというのは一体全体どういう了見だ。ところで予想通りの結果に至るわけだけれども、今流れてきたこの曲のタイトルを誰か教えてくれ。Hello, Mr. iPod....
hibi
K.Sato
2008-05-06T22:29:08+09:00
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iPod &
http://ks-cube.net/vox/archives/000834.html
iPodという発明と歴史そのものに感謝をすることもある。多分にある。三つ指を立てて迎え入れるくらいの存在だったりもする。これさえあれば音楽は僕を裏切ることなく、いや、それは表現としては正しくない、僕が音楽に対して裏切ることのないネゴシエーションを交わし続けるはずだ。いつでもどこでも、例えば今日という日を終わらせるに向かう一時において、など。...
hibi
K.Sato
2008-05-04T23:25:44+09:00