放心とはすなわち心の放浪。身体は動かず心は無駄にさまよい、傍から見ていれば結局1mmも動いていない。自分から観ていてもなにも動いていない。目の前で取り込んだばかりの洗濯物が揺れる。暖気ですら動いている。
不動の反動。押し迫られるように部屋から飛び出してエプロンを掛ける。晩飯にはまだ早い。でも他にすることがない。他になにかをしようとしても、それがなににつながるとも思えない。少なくともなにかを作れば、食事が終わるまでの時間は潰せる。潰した時間は明日以降の負と回る。いや、食事は僕を生き延びさせるから正のエネルギー。それは本当か?
これこそが正面から受け止めるところの、やり過ごしようのない不安というものか。さて鍋に煮えたなにかの料理はいまだ手つかず。なぜならこんな時に限って、空腹というものがまだまだおあずけになっているからだ。空腹とはすなわち身体の空白。心は放浪、身体は空腹。
ヘイ、転移した先の俺はどこだ?
ref.
In The Court Of The Crimson King / King Crimson (1969/2006)