お師匠様とのメールのやり取り中に 「あゝ無情」 というフレーズが浮かんでしまったので、iPod に入っていた アン・ルイスのベスト盤 なぞを聴き始める。鶏肉を酒蒸しなぞにしながら。
1 曲目はアルバムの曲順を尊重して「あゝ無情」とするが、それ以降はシャッフル。
それにしても 「グッド・バイ・マイ・ラブ」 がヒットしている当時に、誰が 「六本木心中」 のアン・ルイスを想像できただろうか。これすなわち 70 年代から 80 年代への変革の波がいかに大きく、そして当時における現存在を否定するには十分な要素に世の中が満ちあふれていたかという証左でもある。歌は世につれ世は歌につれ。
真面目なところ 90 年代から 00 年代を隔てる壁を乗り切ってなお第一線にあるアーティストはそれほどまでに極端な変革を求められたのだろうか、とか思ってみたりみなかったり。 70 年代に芸能界における生を受けたアーティストは、 10 年に一度の大ヒットを飛ばすだけでも話題としての価値も十分であり、これすなわち存在もまた安泰につながるということでもあり。
ああそうか。 90 年代から 00 年代への壁はなかった、という早合点をどこかで目にしたような気もするな。まだ 00 年代は終わっていないというのに。少なくともまだカラオケは死んでいない。それだけでも世と歌との関係はまだまだその時代を引きずっている。場を作るという機能を擁していることが普通であるという時代。そして歳を重ねることと年を経ることとのバランスが一昔前のそれとは大きな違いをみせているということでもあり。
なんていう安っぽいことを考えていたら、やけに味の薄いニンニク浸し酒蒸し鶏肉ステーキになってしまったことよ。これだったら 98 円の味付き肉のほうがよっぽどマシだ。だからこそ文章も全体的に弱々しいのだな。うむ。
うーむ、やはり平尾昌晃先生と山下達郎先生と NOBODY 先生をその半生に喰らい、そしてその全てが世間に開けているという女性だと思えばこそ 「WOMANISM」 という看板はとんでもない発明だったのだな、とか思ってみたりみなかったり。
転じて、更正における幅の性差をデータとして記すことは可能なのか、とか思ってみたりみなかったりね。こんな感じに極端な象徴として挙げることで強く印象づける = 錯覚させることは可能だろうけれども、そんなハッタリではお腹はいっぱいにならない。かといって安っぽい隠喩の捏造もいらない。
いや、まぁ、そういうことを言いたいだけだ。
肉食女性怖い((((;゜Д゜)))
とかなんとか書いて逃げるがせいぜいの草食男性が鶏肉を喰らいつくしたというその体験上の矛盾、その時間をもってしても 「六本木心中」 が流れなかったこのカタルシス喪失の重さよ。そこで問う。あなたが思うところの 「アン・ルイス」 とはどの曲を歌っているアン・ルイスなのかね?それともどの曲を歌われているアン・ルイスなのかね?
む。久しぶりに旧 Web 文法を駆使してお腹いっぱい。
ref.
WOMANISM COMPLETE BEST / アン・ルイス (2006)