2007 年 10 月 6 日 (土) の夜を境に廃人生活に突入。それから二十と数日の記憶の曖昧さといったらない。何があったかを思い出す必要もない。覚えておけばいいことはただ一つ。
「体重は現状維持でね」
これは俺にとっての復活の呪文だ。よし。現実世界に生きる人に戻るぞ。…戻れるように努力するぞ。
ということで、昨日・今日のあれこれ。
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The Subway Recordings / Susan Cagle (2006)
一度は試聴していたものの、その時にはフックする要素がなかったのでしばし放置。ここしばらくの間俺をハックしていた何者かによって発注されていた。
いいね。これ。短尺であっさり味なのでいい。地下鉄駅でのレコーディングという背景も音を盛り上げている。通勤の足を止める、酔いの足を止める、その隠し味は「塩少々」程度でいいのではないかと。
そう思うと日本における 「ストリートからの成り上がり」 という存在がイージーに思えてしまう理由も見えてくる。 「ストリート」 で行う理由がそもそもないものな。音楽は身内ではっちゃけるための材料か、マスから降りそそいでくるもの、というのが日本におけるメジャーな 「音楽スタイル」 なのだから。そう考えると 「流し」 は民謡文化に近いのか?
ということで理屈はさておき、不意の到着にもかかわらず 3 回リピート。朝の味と夜の味を味わえる構成になっているのもまたよし。つい深追いして検索してしまった、日本 SONY のアーティスト紹介サイトは興醒めの極み。
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シベリウス交響曲第3番 : コリン・ディヴィス ロンドン交響楽団 (2004)
一番最初に出てきたイメージは 「イギリス」 と 「鉄(くろがね)の慕情」 。ライナーを眺めた限りでは、前者のイメージは正解だったらしい。
第 3 楽章でいきなり逃避行というか、全てが寓話になってしまうようなオチが着いたというか。
鉄でできた人間=鉄塊に思いを寄せてしまった婦人が、その鋼の中に熱を探ろうと頬を当てる逃避行というか。
「鉄」 というキーは、鉄鋼の目がくっきりと現れている様が思い浮かんだから。鉄人間というよりは磨いた鉄の柱なんだな。なんとかしてその中に熱を探そうとキチがっている感じ。
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Send Away The Tigers / MANIC STREET PREACHERS (2006)
朝のお出かけ用に。世間がサザンを、僕が B'z を求めるように、どこかに MANIC STREET PREACHERS を求めている人たちがいるということ。
新譜もまたこれまで通り、空の下で聴くためにあるな。
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勢いで売り飛ばさなくてよかった。ボリュームを絞って聴いてみれば、そこにいるのは、自分自身の直近にあたるターニングポイントで寄り添ってくれた音楽たちと同種の甘さと速さだった。 「速さとボリュームは比例しない」 と学習したはずのことを完全に失念。
逆にいえば、この極端な音作りは 「籠もる」 ための音楽という要素を意識して作られているのではないかと。籠もることで深く沈む何かに容易に絡め取られることなく、ただひたすらに大気を目指していくような。
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吉牛 1 杯程度で売り飛ばされていたので瞬殺サルベージ。その後ヘビーローテーション。
僕が好きたったのは岡村靖幸ではなく、この作品そのもの全てと、渡辺美里の後ろでセルフプレジャーにいそしむ絶叫だけだったと確信。この作品を語る手元には、必ずライナーのアーティスト写真を。それだけで説明に足りる。見ているうちにこみ上げてくる背徳感が全てだ。
ギミックという意味での音作りは、リリースから 20年近く経った今でも十分に楽しめる。無理して聴く音楽でもないし、誰かが一生懸命持ち上げなくとも、好きな人は容易にたどり着くはずの一枚。とりあえず、再発しようよ。
ああ、僕が一生懸命 「聖書」 をカラオケで歌っていたって、所詮それは高校生のお寒いギャグでしかなかったわけだ。紫ビキニでの勝負は無理だ。
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以上。ぶり大根の煮え具合を見てくるのでこの辺で終了。お腹すいた。
体重維持の必須要件(いうならばポーション、のような):一日に摂取するアルコールは淡麗グリーンラベル 350ml 缶 2 本を上限とすること