音楽という趣味は随分と面白いもので、自分にとってのクラシックへの目覚めがたまたまBSで見かけたバッハwithコープマンで 「バッハの神髄はタペストリーであることだ!」 などと青く口走っていたのも束の間、その数年後には週末のストレス発散という名の一人芝居という名の空中分解という名の暴力酸化運動という名の酒飲み道具とされているのだから面白い。
とはいえライブラリにあるクラシック群の層はまだまだで、かつ、それは突然やってくるフォルテの波にコブシを突き上げるようなものであるし、その中身については例によって大した記憶すら乗せずに流してしまうということもあり、で、さっきも言ったようにその動機の多くはアルコールと共にやってきたりもするわけで、ま、そういうことだ。
で、今聴いているものはラヴェルという著名な作曲家による作品らしく、この人は「戦前」という言葉がぴったりな時期にノリにノっていた作曲家らしい。派手だし。なんか聴かせるし。いい加減、伸びすぎて社会人としては間違っている長さに達した髪の毛は揺れに揺れるし。
鑑賞という名の音楽の授業にはほとんど興味のなかった少年であったために、その歴史とやら背景とやらは全く知らない。知っていればそれなりに耳は深まるのだろうけれども、暇になるだろう 20 年後に教養やら歴史やらの一環として身につける程度でもいい。ちなみにこのセンテンスは、この文章全体に対する伏線なのでしっかりと読みとらえておくように。
今、この場で大切なことは、このラヴェルという人間が、ここに生きるどうでもいい無名で終わるであろう人間が週末の酔いに任せて空中に拳を突き上げて椅子を軋ませている音楽を作り出してくれたということに感謝をすることと、その曲達が 1900 年代初期、具体的に言えば 1920 年前後という時に生まれており、そして今聴いているこの実演と記録は自分が生まれた年の話であり、そのタイムラグはたったの 50 年、 50 年といえば、いつのまにやら 21 世紀になってしまった今からすればすっかり戦後であり、懐メロにさらに毛が生えたような時代の音楽を収録会場の数千人で熱唱している歌番組と何ら変わらない時間差という事実が、一つの、今この瞬間だけに有効な自分にとっての結論を導き出すわけであり、すなわちその結論は、
クラシックってやつは、本当にクラシックなのか?
ref.
RAVEL : ORCHESTRAL WORKS / 小澤征爾 (2006)