数年来敬愛してやまないミュージックオールラウンダー 「Rock'n Roll Salaried Man」 で紹介されていた 1 枚。
荒井由実株が急上昇していた最近の耳好みを見透かされてしまったがごとくの紹介にあっては、意味もなく 「時は来たれり!」 と叫ばざるを得ないような。そんな適当な感覚にて購入。結果、大満足。
演奏やら何やらの聴き所に関しては、かの 2007 年 4 月 21 日付アーティクルをご参照いただくとして、とにかく楽しいのは荻田光雄と細野晴臣との、そのソングライティングの角度の差。かつ、そこをあえてすり替えてしまおうとするワルダクミも聴き所。
中森明菜の 「禁区」 がリリースされた 1983 年当時にインターネットが存在していたならば、きっと大騒ぎになっていただろうという時代背景やら何やらという俺的下世話な見方はともかく。
「女優いしだあゆみ」 ないし 「ブルーライト・ヨコハマのいしだあゆみ」 がそのほとんどだった自分に向けてこのアルバムを語れというのであれば、ジャケットに写されている人物がいしだあゆみであるということと、その中身はジャケットのイメージ通りだという一言、すなわち二言で説明は完了する。だめ押しで裏ジャケのなんともいえないこの表情。た・ま・ら・な・い。 「この作品群が 10 年前に小西康陽にいじられなかったことだけを、今は喜ばしく思える」 と書けば、何かしらの何かはうまく釣られてくれるのだろうか。
同世代、かつ、流行歌の変遷への対応は十分という耳自慢の面々にとっては、 「今」 を追う耳に疲れはじめていることを自覚しているだろう 「今」 だからこそ、とにもかくにも楽しくて楽しくてとにかくジタバタさせられるはず。
あのコマンドやこのコマンド、そして百発百中のアイテムが惜しげもなく披露されていること、そしてそれらを普通に栄養として取り込んでいた行為そのものが、リアルタイムにして既に後追いだったことを思い知らされる。痛快。
「曲」 というものがそういう存在だったという時代を提示してくれる以上、アーティストクレジットに対するスノッブな反応よりも、荒井由実や初期松田聖子、もしくは 「品の良い」 という仮定を前提とした中原理恵という解釈による自慰とともに、ニヤリと笑いながら明日の仕事のためにと発泡酒を空けてくれる反応こそがよく似合う。
ref.
アワー・コネクション / いしだあゆみ&ティン・パン・アレイ・ファミリー (1977 / 2007)