すべては水のように。
思っていたよりも雨は強くなり、気休めに干した洗濯物を濡らしはじめた。部屋に取り込む。
ほぼ一日寝て終わらせた土曜日の重さが頭に残る日曜日。もし、雨がここに少しいじわるをしているというのであれば、降る雨とたくわえられた水は全く別の生き物だということになる。水なのに。
朝食には遅く、ブランチというには微妙なテーブルを片付けてコーヒーを煎れる。すぐに飲み終え、久しぶりにリーフを取り出す。
大判多色刷りが引き込むあのおしゃれにはほど遠く。それでも金色に熱を逃さないフレーバーティーが、飲む水はまた別のものだと教えてくれる。
窓の外、ユリの木の若芽は雨粒を握っている。
すべては水に操られているような。水に呼ばれているような。