私は「適材適所」というものができない人間であり、すなわちいい歳をしてマネジメントに向いていないという事実をつきつけられ打ちひしがれて地方都市の片隅に倒れ込むという。
すなわち、シャッフル君の話。
ことの始まりは、駅のエスカレータを下りている最中、突然にiAudioが無反応になったこと。電源のオンオフ以外には一切の操作を受け付けない致命的な故障。できる限りでの復旧策を試みるも、修理決定。
さ、シャッフル君の出番だ。最後に曲を補充したのがいつのことやら、とりあえずはバッテリーがグリーンシグナルであることだけを確認して緊急出動を要請。
さて、出動初日のインプレッション。案の定、意外性の欠片もない非常に退屈な選曲。そりゃそうだ。
・自分が、
・その時の好みで、
・愛している曲を、
入れているのだから。ここに意外性を求めること自体が間違いであり、ましてや新鮮味という尺度で測るのであれば恐ろしいくらいの腐敗状態。
やむを得ずPCにWinampをインストールし、ウィザードに勧められるままにHDD内のMP3フォルダを指定する。拾われる曲、7000曲強。んー、そんなもんか。あと何年かかっても、CDのエンコードコンプリートは無理だな。
さておき。
で、これまた適度に酔った頭で適当に操作して、空にしたシャッフル君の中に曲を自動装填をする。
ほほう、こういう楽しみ方があったのか。むしろこれこそがこの製品の原点だったよなぁ。iTunesライブラリから適当にシャッフルされたものをシャッフル君に放り込んで、それをシャッフルで再生する。偶然に身を任せて音楽を楽しむ。しかも見知らぬ曲が流れようとも、それをその場で調べる由もなく。「てんのかみさまのいうとおり、なのなのなのな」で選ばれた曲達が一巡したら、そのリストを枝に結わえて次のクジを引けばいいわけだ。
などと考えつつ、その結果が導いたプレイリストをあえて確認することなく再生。おみくじは大吉〜凶のレンジで全てが収まるわけで、それこそが自然の摂理。
で。
何? このわけのわからなさは何? 知らない曲だらけだよ?
ファイル共有ソフトとは全く縁のない生活をし、HDDにある「出自の確かな」MP3ファイルを適当に500MB程度見繕ってもらって放り込んでもらっただけなのに、このカオス。
面白い。諸々の集合に着眼すれば自分にとっての真新しさはゼロであるという統一感のある構成であっても、これを混ぜ混ぜして再生させた流れには統一感の欠片もない。こればかりは所有者である本人でしかわからない興奮。
「全部乗せ」状態だったHDDプレイヤーで全曲シャッフルをしたとしても、それは所詮「点」が含まれている集合に簡単にアクセスできる状態にあることから、すぐにその集合へと浮気ができるわけだけれども、この「俺的ニュー・シャッフル君」にはその逃げ場が一切与えられることがないという緊縛の喜びがある。
シャッフル君マスターな人にとっては「ナニヲイマサラ」な驚きであっても、その真実に気づかずにいたこのかわいそうな人からしてみれば、これが初めての遭遇なわけで。
んー。iAudioの修理もいいかもしれないけれども、1GBシャッフル君購入も悪くないかもしれないよ。80GBiPodキングの購入にも心奪われるけれども。

<図:見知らぬ曲に遭遇しても、正体がその場では明かされないということも、またこの悶々とした気持ちを増幅させるわけですな。しかし、新幹線やら在来線やら地下鉄やら街中で、突然吹き出すシチュエーションに放り込まれそうで怖いかも>