☆J.S.BACH: Johannes-Passion (ヨハネ受難曲) / Ton Koopman
再生し始めてから、まだ 1 時間も経っていないけれど。
以前に聴いた (初めて真っ当にヨハネ受難曲を聴いた) コルボ版は、全方向性の畏怖を導くような、どこから何が言葉を発するか、どこから何を見つめられているか把握できない恐怖との背中合わせがどこかにあるような印象だったのに対して、コープマン版は光の加減 (影の力とも言うかな) のせいで飾り物の輪郭全てまでを細かく見ることはできなくとも、少なくとも全体像は把握できるコンパクトな教会の趣があるように思える。正体が分かっている故の、影なく委ねることのできる信仰というか。 (正体が分かっている信仰って何よ? というツッコミは別として) 。
具体的には、音が音として張りつめすぎないテンションを保って、お互いの位置を確かなものにしている印象。気持ちよくて、音に集中を促されることが苦にならない。
コープマンを聴くことで後天的に導かれたのがコルボの印象なわけで。もはや記憶から導き出された捏造の域に入っておりますが。この感想、おかしくないかなぁ。
で、来年の 2 月には、来日するコルボのマタイ受難曲を鑑賞しにサントリーホールに行くことが決定しているのだ。いいタイミングでいいめぐり逢いがやってくるポジティブスパイラル。
いぇい!
これだからvoxさんの古典道は面白いのよね。
こんな妄想的直感を面白いと思っていただけたならば、幸いでありますよ。
この妄想が許されるようなバッハの懐の広さと、折り目がはっきりしているコープマンの世界との組み合わせは、自分にとっていい具合に作用してくれている実感があります。
こういったものを聴けば聴くほどに、言葉の修練といいますか、感覚の新たなチャネルをどう割り開いていくかが、自分にとっての課題にもなってくるように思います。
ま、とかなんとかいいながら、アルコールでも摂りながらのんびりと付き合っていこうと思ってますが。鎮めながらもトリップに導くこの世界とアルコールは、たまらない魅力にあふれているんで (なんだよ、小心者の合法ドラッグかよ) 。
Posted by: 本人 at 2004年11月02日 19:24