☆未完全論 / MOGA THE \5 (2001)
数で見る限り、日本語が乗るパンクもしっかりとマスに呑み込まれた。パンク神話を信じていたとしたら悔しさが残るのかもしれないが、それだけ多くの人間にとって利用価値があったということだ。もちろん、音楽に聖域があるというのなら少し怪しい。
音楽の力は、個であろうとする聴き手の心を動かす。集団心理はその次の話。それで十分。 1 × 数百、数千、数万、数百万。数が減ろうと増えようと、総体から切り離した己の部分で愛していれば、自分の価値を揺るがすようなノイズなどは簡単に撃退できるのだ。
そこで、自問パンクの雄。
自分にとってもパンクというジャンルには大した意味はなかった。ただその時において利用価値があっただけの話。それでも、たとえ何が崩壊しようと呑み込まれようと、ここに敷きつめられた抽象から這い出した、掬い上げた言葉たちは、経験という自分の中を通過していった時間上の意識と結合することで、いつでもいかようにも都合のよい形を結ばせることを許してくれる。それで十分。