☆パラダイス銀河 / TOKIO (2004)
運転中に NACK5 に合わせたら流れてきた。 TOKIO の 10周年記念企画アルバムに入っている曲やね。
が。
このアルバムには少なからず期するところがあったのだけれど、これを聴いているうちに、どんどんと渋面になっていくのを感じた。
アイドルとしての夢を持たせるかのごとくドリーミーな展開こそが、この原曲のキモだと思われるのに、ひどく一本調子なアレンジに改ざんさせられていた。 「展開」 の一切を無視し、現代的センスを押しつけるだけの甘ったるさ。そのせいか、ボーカルもアレンジに引きずられるかのように無表情。 TOKIO 、ジャニーズならではの不器用さ、大げささが殺されている。
なんだこれは!
フツフツと怒りが沸いた。聴いているうちに確信した。こんなバカなことをするのは小西康陽をおいて他にいない。間違いなく小西康陽だ。
自分のオリジナル曲ならそれなりに面白い曲を作る人なのに、なぜにリミックスを手がけると、原曲の再構築ではなく、原曲を単調な自分色に染めてしまうんだろう。音に自分のカラーを持つのは最大の強みだけれども、いくらなんでもこれはないだろう。憮然も怒りも通り越して、泣きたくなってきた。やってよいリミックスと、やってはいけないリミックスがあるんじゃないのか?
この怒りの矛先はどこに向けたらよい? 音楽が持つ匂いに含まれる財産性、もしくは音楽そのものへの敬意といったものを一切配慮しない制作者側の、おざなりな指名か? それが自らの歴史を蹂躙することにつながるのか? アーティストサイドはこれでいいのか? ジャニーズの文脈として、これはありなのか?
嵐の 「a Day in Our Life」 で見られた、過去へのリスペクト精神はここには全く存在しない。
わずか数分で、何もかもを通り越して無気力になった。
www.universal-music.co.jp/universal/artist/tokio/upch1368.html
やっぱり小西康陽だったよ…
*リンク先 URL は 08.30.04 現在