2004年08月05日

20040805 に聴いた。 (Donald Byrd / JUDY AND MARY / ブランデンブルク協奏曲)

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☆Stepping Into Tomorrow / Donald Byrd (1974)
☆PLACES AND SPACES / Donald Byrd (1975)
なんじゃこりゃ! いくら流行廃りや再発見が芸術一般の歴史には常だといっても、盛り上がっている渦中にあると、これが過去のものになっていたという事実が信じられないわけで。

知らないなら知らないでも幸せで、知ってしまったからにはそれなしでは生きられなくなる快楽のような。決して派手ではないんだけどね。これを聴いてボリュームを上げようとしなかったり、ドライブに行こうとしなかったらある種の間違い。

近年のグルーヴものならば曲を十分量で完全に封じ込めてしっかりと完結させてしまうところを、ここでは多くの曲に腹八分目の展開、腹八分目の尺が見られて、なかなかに寸止めの妙。たまりませんな。

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☆J.S.BACH : ブランデンブルク協奏曲 / Ton Koopman (1985)
過去にチェンバロ独奏の音源を聴く機会があり、正直なところ、アタックがグワングワンと頭の中を刺激するというか、肌直下の神経をピンセットでつままれてははじかれているような不快感が勝って相当な悪印象だったんだけど (しかも名演だというから、これがもう…)、なんだ、ここでのチェンバロは小気味よくて、しかも僕の中にあるバッハのイメージ、織物的で気持ちいいじゃないか。

思えばとんでもないところに、足を踏み入れてしまったものだ。

僕の中にあるクラシック像は 「長ったらしい、つかみどころがない、ダイナミックレンジの差が聴いていて怖い」 のダメづくしで久しかったのだけど、少なくとも第一の点に関しては単なる無知だった。もちろん超大作も世の中には多数存在するのだけど、楽章というパーツを楽しみつつ、最終的に全体像が見えてくるような楽しみ方ができれば OK でしょ、と。

にしても、コープマンと僕との身体の相性は最高だ。なんて素晴らしい出逢いの奇跡! あの日あの時あの場所で、BS-2 がつけっぱなしになっていなかったら、僕等はいつまでも見知らぬ二人のまま! これを運命といわずして、何という!

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☆WARP / JUDY AND MARY (2001)
俺、間違いなくこのアルバムを聴いているはずなのに! 誰のためのバンドだ! 誰のための歌だ! これは何だ!

バンドという外枠の中身では激しい空洞化が起きていて、では中身が全くないのかというとそうではなく、中から外へ向かう圧力に、メンバーが全員違う方向を向きつつ背中を圧迫されていて、相当な力で外壁を押さえつけているという。

しかも、自分を支えたいのか、中に戻りたいのか、外に飛び出したいのか、押し潰されるのが楽しいのか、もう何がなんだか!

借り物競走とパン食い競争を組み合わせ、途中のトラップで顔を粉だらけにして、目が見えなくなってでも走る! 顔が真っ白でちぐはぐな服を着て、誰からか尻を叩かれながらの全力疾走を強いられて、向かうゴールは外壁! ぶつかるっちゅうの! (≧∇≦ ぶぁっはっはっ!!! だんだん楽しくなってきた!