5 月は色々あったなぁ。何かと初体験の多い月でありました。ということで、梅雨入りしてしまったやる気のない休日に、やる気のないコピペをしよう。主にこんな物を聴いていたという、 5 月のおさらい。順不同。
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自分が歳を重ねれば重ねるほどに、聴いている上でのリアリティが増してくる音楽というものが確実にある。悲しみを深く深く塗り重ねて、重ねた最下層に沈んだ悲しみに、呼吸の隙を与えない。
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聴けば聴くほど、最新型 L'Arc-en-Ciel はラルクのラルクらしい部分を、シンプルに美味しいどころ取りした仕上がりなのだと実感。ラルク味を無駄なく無理なく濃縮還元させたような出来とでも言えばいいのかな? だからこそ、活動休止直前のシングル曲も、うまく流れにはまっているのだろう、と。ストレートなジャパニーズロックだよな、これは。
言い換えると、メンバー各々の自分勝手感が倍増して、これまで以上に縦横無尽といったところ。もともと、曲ごとにバラバラな色を見せてくれていたバンドだし。
もしかしたら、ラルクはムーンライダーズみたいになっていくのかもしれない。それも世間受けする人気を保ちながら。充実した (=好き勝手やりまくる) ソロ活動を経て、ふと思い出したときにバンドとして音を出し、そしてそれなりに面白いものを残していくように。
それにしても、ユッキーのドラムは相変わらず自作自演な二律背反を作っていくな。バンドには合わせつつも、溶け込ませてはいかない音作り。ま、メンバーそれぞれのバラバラ感が楽しめるからこそ、ラルクの楽曲は長く楽しむことができるのだ。 「winter fall」 で聴かせてくれたあの素っ頓狂なまでの不統一感が、今でも持続しているのはなかなかに頼もしいよね。
cf.
L'Arc-en-Ciel "SMILE" P:2004 CCCD [LGCD2]
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ヘビーローテーションではなかったけれども、聴く度に感想が変わっていった作品。最初の一、二回は消化不良の極み。胃もたれと胸やけが一気に襲ってきて、なかなか次の一回に踏み込めなかった。
「タガタメ」という曲さえ収録されていなかったら、この印象は随分と違ってくるのだと確信が持てたのは、割と最近のこと。
前作 『It's a wonderful world』 から時間が空いたこともあってか、自分にとっての Mr.Children は、このアルバムのカラーでもある 「ライト、ブライト、ポップ」 な軽い豊かさこそが好みなのだと刷り込まれてしまったらしい。
が、どうも休養期間に重さも充電してしまったようで、最新作はシングル曲も含めて 「がっつり、こってり、どっしり」 な印象で始まったという次第。ただでさえ 「すき間」 よりは 「密度」 へと向かいやすいバンドなのでね。
が、二週間ほど経ってみると、この大ざっぱな印象は全くの誤解だと判明。アルバム全体がこってりしているのだけではなくて、本日のディナーコースにおいて、「タガタメ」 だけが破壊的に味の濃いソースを使っていたことが分かった。で、試しにこの曲だけを抜いて再生。
聴けるじゃん。すんなりと耳に入ってくる桜井メロディだわ。もう、桜井印満載満開、僕ご満悦。
曲を盛り上げる上でのドラマ性という要素を、極力排除する姿勢が前作からのキーワードでもあったように思えていたのだけれど、「タガタメ」 でそれが唐突に姿を現してしまって、こちらとしては 「ポカーン」 と呆気にとられてしまったわけだ。
もしこの曲が 8cmCD などでの別添扱いだったら、アルバムとしても瞬時に納得できたかもしれない。それくらいに 「タガタメ」 は濃かったということで。曲の良し悪しどうこうではなく、あくまでもアルバムの流れで行くと、個人的な好みから外れてしまっていて、それがアルバム全体に対する印象に強い影響を与えていた、と。
cf.
Mr.Children "シフクノオト" P:2004
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ちょっと待ってよ。この曲になぐさめられるようになって、一体何年経ったの? 六十年七十年八十年規模ではないけれども、五年規模近くにはなってしまったんじゃないの? この曲のようにカラカラと回れるようになるためには、一体何が足りないんだろう。無意味にも思える一進一退をくり返しているうちに、だんだん分からなくなってきたぞ。
それって自分を信用しているという自分を信用できない瞬間が、また周期的にやってきちゃったってこと? ささいな満足に対する努力をしようとした途端に、息が途切れてしまうような。
もちろん、僕が今ある現状は、僕の手が届く範囲だけで見ても十分に幸せに値するものなのだけれども、その拠り所となるもの、もしくは、そこでイヤな汗をかかずにいられる状況、裏の裏を深読みしすぎて、なおかつ妄想に入りこまないで済むための現状、そういったものの解答 (のようなもの) が見えてこないようなメイズ?
わからなくなっちゃった。難しいね。確かだったものが何であったのか、納得が持続できるようになるまで、もうしばらくはこのカラカラしたものを拠り所にしておくのだ。
cf.
Fishmans "Go Go Round This World!" P:1998
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春の大連休明けは、割と PAT METHENY を聴いていたな。
人それぞれから様々なコメントを受けるアルバム、ミュージシャンではあるけれども、僕にとってはどれもこれも、映像感覚的で素敵に映る。四季とドラマ。
cf.
PAT METHENY GROUP "SPEAKING OF NOW" P:2002
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幻聴かな? 夜中に聴くと必ず雨だれが聞こえてくるんだけど。
cf.
PAT METHENY "One Quiet Night" P:2003
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いっそ、この世を生き写した向う側に連れて行ってくれ。
cf.
PAT METHENY GROUP "IMAGINARY DAY" P:1997
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同じ言葉の渦ならば、ガラス一枚磨き上げた先の、ささくれを知らない国の言葉で。
cf.
SHAKKAZOMBIE "JOURNEY OF FORESIGHT" P:1999
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発売当時はあまり印象に残らなかったアルバムなんだけど、 Jazztronik を聴いてからというもの、 MG のストリングスの冴えとフックを再発見でちょこちょこ聴き返している。身体の中にも点と線があるんだなぁと認識させてくれる一枚。そういったツボや筋を刺激しつつぐちゃぐちゃにされるんだから、気持ちよくないわけがない。
うへっ。 「LIFE」 のベースってゲタ夫さんだったのか。
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「B'z 作品の中でも、最も苦行に近い作品だと思うんだけど、どうよ?」 などと思いつつ久しぶりに聴いてみると、おや、あれ、ん?
もしかして、このアルバムって面白い?
バンドサウンドに重きをおいて、小品集のように小ネタっぽい曲を次から次へと繰り出す。それって 『GREEN』 『BIG MACHINE』 の伏線になってるんじゃん。今の今まで 「Raging River」 のためだけにあるアルバムだと思っていたけれども、なんだよ、俺の知らない間に勝手に熟成してるんじゃないよ!
でも、そう言いきるためには条件があって、ここからシングル曲を抜く必要があるんだわ。だって、シングル曲に関してはニンともカンともどうにもこうにもアレでしょ? アレだと思わない? 個人的には 「juice」もアレだもん。何度 LIVE-GYM で聴いても、笛を鳴らしても、燃焼しきれない。
それともシングル曲であるという背景に、違和感をぬぐい去れずにいるだけなのかな…。ま、いいや。
で、 「Seventh Heaven」 は、休日にたるんだ意識を、日常レベルに持っていくのにはなかなかいいね。シャウト系にぶちきれるでもなく、ダークに歌い掘るわけでもなく。 B'z のラインナップにおいて、この曲が位置するだろう中途半端さが気持ちいい。アルバムもまた然りなのだろうね。
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以上、 5月のおさらい。