2000年06月20日

shame, 坂本真綾, 熱帯JAZZ楽団

21 日発売のシングルやアルバムを 3 枚ほどゲット。シングル 2 枚買ってスタンプもらって、スタンプブックをフルにしてアルバムを購入。節約節約。

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さて。まずシングル。 shame の 「P.F.P.」 。 shame は、少年の若さから抜けようとする、社会と自分の狭間での取捨選択、その葛藤の渦中にある青臭い無常観が好き。それに時間軸を観念的に切り取ってみせようとする更にプラス α の青さ。

比較的ギター系のバンドだというのに、アコースティックに迫るといきなりほの哀しさというか、虚しさが一気に襲ってくるようなすき間が恐い。

ただそれでもシャウトせずにはいられないというところで 「うーん、このシャウトがいらないんだよなぁ」 と思うことが多かったのですが。前のシングル 「Forget, Forgive」 から、シャウトと淡さを使い分ける、いやむしろ切り分ける楽曲が表に出るようになってきて、それが今回のシングルで一つの山を向かえたのかな、と。シャウトしているのは、たったの一音だけ。やっぱり、このボーカリストの頭の中、おかしい。面白い。

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シングルもう一枚。坂本真綾の 「指輪」 。映画の主題歌ということもあって 「どうせセル画のジャケットなんだろぉ」 と半ばウンザリしながら買いに行ったら…ええじゃん。ああ、そうか、こういうのもアリだ。結城信輝の絵というと、メリハリあるイメージがあったんだけど、これは見事に水彩調。で、曲は。

そうなんだよね。日本流の 「歌手」 って、きっとこういうものだと思うんだ。個人のボーカルスタイルが売りの目玉になるのではなく、楽曲とそしてそれにあわせて声や感情を着せ替えて行くことが、実はオーソドックスな歌手像だったはずなのに、と実感。芯となる部分の 「個」 があって、そして楽曲によって服を見事に着替え、化けてみせるのが歌手なんじゃないか、って。それが美空ひばりだったんだな、というのは、先日 BS の番組を見ていたときに思ったことなんだけど。

坂本真綾というのは、そういったところで非常にオーソドックスな歌い手としての歌手たりうる存在なんじゃないだろうか、と。この曲はこれまでの坂本真綾にはなかった、絞り出すようなか細さに訴えるボーカル。かといって声優歌にありがちな 「作為的ボーカル」 なあざとさもない。きっと人によっては 「R&B に魂を売った」 と叫び出しそうな気はするんだけれど、それもまた一つの解釈としては正しい。これまでが 「普遍的な清楚」 というイメージだったから、余計に。

まいったなぁ、こんなに誉めると説得力無くなるんだけど。曲としての良さ云々じゃなくて、坂本真綾という歌手の今後が恐い。

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さて、アルバム。 T-SQUARE がアーティスティックな方向へと向かいつつある中、このバンドが次なる夏のインストの定番になるんじゃないだろうかという 「熱帯 JAZZ 楽団」 。

ビッグバンド形式のジャズ、というだけでどうも野暮ったいイメージでたまらないのだけれども、このバンドの場合、ホーンセクション以外のミュージシャンがタイトな演奏を得意とする人たちばっかりなので、非常にかっちりとまとまって、重さゼロで厚み十分という 「あっさりステーキ」 型バンド。ラテンのピアノラインが曲のベースを支えているので、緻密なブロック積み上げを得意とする日本人の耳にはとても心地よく聞こえてくるかも。

ラテンパーカッションが刻む 16 分音符のアンサンブルというのは、つきつめるとブレイクビーツの細かさにもつながってくるので、体も必然的に動く動く。過去 2 枚のスタジオレコーディングアルバムでは、どうもメロウ方面にも欲張ってしまうきらいがあったんだけれど、今回は、もう頭空っぽにして夏! 問答無用。こういう分かりやすくて、なおかつかっこいいバンド、なかなかいないんだよなぁ。

cf.
shame "P.F.P." P:2000
坂本真綾 "指輪" P:2000
熱帯JAZZ楽団 "熱帯JAZZ楽団 4 -La Rumba-" P:2000