その昔、音楽好きという方とチャットをしたところ 「LUNA SEA とか最近のお子さまバンドにキャーキャー言っているヤツの神経が分からない」 などと言われ、返事に困ったことがあります。その方のイチオシは、 UK シーンで人気を誇るロックバンド REEF だったので、その気持ちもわからないでもなかったのですが。
某所でも少し書かせてもらったのですが、活動休止後の LUNA SEA がなかなか元の売り上げに戻せなかった理由の一つに、リスナーの選択肢が分散してしまったことが上げられると考えています。同時にリスナーの耳が肥えてしまったのと、成長しなかったこととの両方が要因だとも。
選択肢の分散とは、すなわち似たり寄ったりのバンドが増えてしまったことであり、イコール、リスナーが成長しなかったことを意味します。ミュージシャンが音楽活動を続けていく上では、楽曲の広がり、成長があってしかるべきなのですが、リスナーがそこについてゆくことはなかなかできない現状があります。なぜなら日本の音楽シーンは楽曲重視型よりも遙かにアーティスト重視型に偏っているから。
たとえそのアーティストの楽曲クオリティが上がったり、そのバンドにとっての斬新さを少しでも追い求めると、アーティスト依存型のファンの成長は、アーティスト本体の成長に比例することが少ないために、途端に 「なんかつまんない」 の一言でついて来れなくなってしまう。一方、ファンのイメージから勝手にバンドのイメージまでをも固定してしまうリスナーも多いことから、たとえ楽曲が面白いものになっていたとしても、その面白さが色眼鏡でマスキングされてしまうという皮肉が、当然のように、僕が知る限りの二十数年だけでも繰り返されているわけです。
音楽市場が成熟をみたとしても、同時にリスナーに対する成熟を求めるのは酷なこと。 LUNA SEA 解散の一端は、そこにあったのではないかと思いながら、最新アルバムを聴いています。復活後の彼らが意図的にミディアムテンポの楽曲へと挑戦していった様は興味深く聴いていたのですが。アルバム 『SHINE』 に見られる重力感なども。光の粒子も重力に影響されるんじゃなかったっけ? などと想像させられながら聴いていたものですが、重ね重ね残念。
ただし今後のソロ活動に関しては充分に期待できるでしょう。
RYUICHI (vo) のソロは既に大成功を収めており、コンポーザーとしての評価も十分。
SUGIZO (g,vn) は坂本美雨という繊細な、というには線が細いだけともいえるボーカリストとのコラボレートを図れるほどの懐の広さがあり、一方でそのギターに象徴される攻撃性もソロ作品では充分に発揮されていました。
J (b) のソロアルバムは、あまりにもありきたりなロックサウンドという印象が先行して、個人的にはイマイチでしたが、 LUNA SEA の主たるシングルの屋台骨を作っていたのは彼。
INORAN (g) のソロは、様々なボーカリストを従えながらも散漫にならないエスニック感が、夜間フライトという言葉を連想させる雰囲気勝ちでフェイバレットな一作。
真矢 (ds) だって、なかなか知られていないことですが、和太鼓との共演にチャレンジしてみたり、日本が誇るジャズ & ロックドラマー村上"ポンタ"秀一のアルバムやライブに参加したり (この人と共演をするというだけで、この世界での名声を得たと言っても過言ではない) 、結構知られていないことですが、 B'z のギタリスト松本孝弘のアルバムでもドラムを担当。それが去年から使われていたフジテレビ F1 のオープニングテーマであったり。
といった具合に、解散するには惜しくもあり、解散後が楽しみでもある形でバンド活動を終えるわけですが、せっかくですからこれを機に、復活後のシングルを見直して聴いてみてはいかがでしょうか。特に 「gravity」 での、身体が削られてゆくようなダウナー感は、他のフォロワーバンドではそうそう真似できない、彼らの意地を垣間見ることができるように思えるのですが。
cf.
INORAN "想" P:1997
河村隆一 "Love" P:1997
SUGIZO "TRUTH?" P:1997
LUNA SEA "SHINE" P:1998
LUNA SEA "LUNACY" P:2000
松本孝弘 "KNOCKIN' "T" AROUND" P:1999
村上"ポンタ"秀一 "Welcome to My Life" P:1998