2000年11月16日

ドキュメント 2000

たまの売文業に一段落をつけた夜、構想 1 週間、作成 2 日間の原稿を上げ、日付が変わった直後、ランナーズハイな状態で近場のラーメン屋へと向かった。車に持ち込んだ MD は Fishmans の 『Aloha Polydor』。このところ毎晩のようにヘビーローテーションだった 1 枚。ボーカルと奇声の境界線にたゆたう歩調と、ミディアムに落とされたテンポ、そして裏拍に重さのあるリズムが、浮遊感と重力感を混ぜに混ぜまくって混乱におとしこめる。メンバー急逝で活動を終えたバンドゆえに、早いうちから聴いておけばと後悔するが、その当時ではこのダルさは退屈でしかなかっただろう。

カーステレオで聴くと低音が若干もたつく。バスを 1 目盛り落とし、トレブルを 1 つ上げる。夜の一般道なのでボリュームも絞り気味に。

柴又街道沿いにあるこのラーメン屋は、味噌ラーメンにネギを乗せたものが絶品。が、原稿のストレス明けで胃が厳しそうだったので醤油にすることに。

「醤油に、ネギで」

すると、店員は小さな声で、

「すいません、ネギ、さっきの方で終っちゃったんですよ」

メニューを見るが、チャーシューのせではちょっと辛い。ここのチャーシューがまた美味いんだが。

「じゃぁ、のりで」
「すいません」

店内は 1 時を回っているというのに盛況。地元柄を現わしてか、客の誰もがお近づきにはなりたくないナリをしている。店内のテレビからはファイヤストンタイヤ問題のドキュメンタリーが。日曜深夜にふさわしい、適度な関係性の薄さ。

「お待たせしました」

出てきたラーメンどんぶりはのりで縁取られている。よく見ると真ん中にはネギが。

「少しだけ残っていたものですが、よかったら」

よかったも何もない。願ったりだ。

「どうもすいません」

一仕事終えた後のささやかなお祝い。思った以上にさっぱりしていた醤油ラーメンが、あっさりと胃に収まる。

「ごちそうさま」

車のエンジンを入れ、暖気がてら外で一服。右手にタバコ、左手にウーロン茶。東京の夜は、日曜日が一番まともだ。オリオンがくっきりと三つ星を見せる。 1 週間振りのタバコを吸い終え、車内に。 Fishmans の続きを流しながら 「1 時間くらい一回りするか」。

江戸川沿いの道を 50km/h で。この時間なら 80km/h でも全く問題のない道を、なぜかのんびりと走りたくなる。県境を越え、千葉へ。 357 号も日曜日の夜だからか、いつにも増してガラガラ。ここなら気兼ねなくボリュームも上げられる。タイヤの音も聞こえなくなるくらいにまで音を上げる。旧型のセリカが横に並ぶ。 2 台並んだ信号待ち。加速では明らかに劣る僕のランティス。が、相手が 150km/h に上がる頃には 「捕まるときは一蓮托生」 と、ハイな気分で車間距離を保ちながら追跡。ふらつかないハンドルに信頼を置き、車を走るままにまかせる。走らない音楽に、走る車。気がつくと一緒になって奇声を上げている。

ここまで来たら、もうどこまででも。一直線に走っているだけなのに、 357 号から 14 号、そして 16 号へと勝手に番号を変える道。千葉市内の国道は把握が難しい。 126 号に入って東金に向かうつもりが、見知らぬ県道に。至 「大網白里」 。いずれにせよ九十九里に出ることは間違いない。ボリュームを再び下げ、適度にうねり、アップダウンを繰り返す道を、今度は 2 点減点程度の速度でゆったりと走ってゆく。 Fishmans も終った。

信号待ち。車に常備されている MD から GREGORIAN を取り出す。同乗者がいる時にはなかなか聴けない、これまた退屈な音楽。聞き覚えのあるメロディと、親しみの薄い声楽。車と教会とライブハウスが海に向かう。ただ道なりに走ると海岸線。ネオン管を光らせた車が、波を正面に止まっている。

タバコを持ち、砂浜へ。ただゆるい曲線にまかせる、こちらとあちらの区切り。あまりにも早い月の動きは、雲が互いに急かしながら海に逃げようとしているだけ。波の音は明らかに、その雲にぶつかり、そしてまた自分自身にぶつかって、繰り返し反射を続けている。音が止むことはないのに、明らかにダイナミックレンジの最も小さい部分を耳が捉えている。全方向から、規則的に、不規則に聞こえてくる潮騒。どこまでも広がってゆく聴覚。陰のかかった音階で、意味もなくメロディを口ずさむ。誰も見ていない、誰も聴いていない。タバコに火を点け、思いつくままに、歌詞もなく歌う。 Fishmans かもしれないし、GREGORIAN かもしれない。オリジナリティのないオリジナリティ。二度と同じメロディをなぞることも出来ないだろう。

30 分もしないうちに眠気が身体を包む。このまま朝まで車にいるのも悪くないかもしれない、そう思いながらも手はキーを回していた。 3:30。家についても 5 時は回らない。 GREGORIAN のまま、126 号線を目指す夜。

cf.
Fishmans "Aloha Polydor" P:1999
GREGORIAN "Masters Of Chant" P:2000