ということで、ヘビーローテーション中。解散か。
結構好きだった。まだまだ新人の頃、赤坂泰彦が司会進行をしていた BS の音楽番組に出演しているのを見たのが最初だった。あの時に歌ったのは 「DAY DREAM」 だったか 「BLUE TEARS」 だったか。やけに若いギターとボーカル。やけに堂に入ったドラムとベース。変なバランス。 REBECCA 以降、久しぶりに見た感があった、男性バンドの女性ボーカル。そしてメロディアスな楽曲。歌メロ好きな僕が気に入らないわけがなく、翌日あたりにアルバムを買い求めた記憶がある。 thee michelle gun elephant の時と全く同じパターンだ。
それを考えると足かけ 7 年のファンだというのに、ライブに足を運んだことはない。車に MD も積んでいない。2000 年に出たベストアルバムは買ったが、『POP LIFE』 は買っていない。
僕の音楽趣味に収拾がつかなくなりつつある時期に、丁度自分が JUDY AND MARY を好きになってしまったことが、僕の中における JUDY AND MARY の運の尽きだったんだろうと、今になって思ってみる。あるものに関しては大して思いを馳せることもないくせに、なくなると知った時点で色々と思いを巡らせている。それもまたありがちな感傷に過ぎないが。一曲一曲をコンパクトにポップに作り上げるバンドであったことは間違いないし、変に思考的に走ることもなく、やけにバンドらしいバンドだったことも間違いない。
あえて 2 枚目から、4 枚目、3 枚目とランダムに聴き進んでいる。今流しているこれが終わったら 1 枚目に進むんだろう。この順番には意味がある。リアルタイムな僕にとっての JUDY AND MARY は 2 枚目までであって、以降はそれまでに固定された JUDY AND MARY というイメージを追い求めて惰性で聴いていただけに過ぎない。そんなことをしていると、うっかり名曲を聴き逃す。 「イロトリドリノセカイ」 が自分にとってのツボだと気づいた頃には、バンドは活動休止期間に入っていた。
でも 「ステレオ全開」 は今の TAKUYA が演奏した方がきっと面白いだろう。と、楽曲としての良さからバンドとしての面白さへと、着眼点が次第に移り変わっていったバンドでもあった。 「そばかす」 で聴いたあの TAKUYA の振り切れ方は、それを考えるとこの時期が、このバンドの、よりバンドらしくあろうとする再スタート地点だったと今になって気がついてみたりするのだが。バンドらしさなんて言葉の意味を探すのに、難しく考える必要はないんだが。
とりあえず冷静に。不思議なことにこのバンドを聴いていても、その時の自分が思い出されない。学生だったはずなのだが、JUDY AND MARY の音を聴いて通った記憶がない。多分に今の自分に至るまでの、一番どうでもいい時期に聴いていたからなのだろう。そんなことまで考えさせる。これも 「思い出している」 ことになるんだろうか。
ところで買ったはずの 『FRESH』 がラックに入ってない。これは一体全体どうしたことだ。