何かが行間にある事は分かっているのに、音という第一条件の仕掛けに押され、それを読みとる前には時間切れとなり、次の幕へと進んでしまう。このリスナーへの嫌がらせは一体なんなんだよ。これがこのバンドの中毒性か。楽器が、とか、ミックスが云々という、音を構築する上での手段の前に、頭から腕ないし口に伝えられている何らかの伝播こそが、その行間であるという気にもなっているのだが。それを CD から読みとることは、これまた困難の極みであり、また究極の愚であることもわかってはいるのだが。
ボリュームを上げども上げども、差し込む陽射しに浮かび上がるホコリは微動だにせず、それほどにもなって必死にスピーカーを睨む己をせせらわらっていることもまた、悔しさ極まりなく。昼下がり、何をこんなに躍起になっているのか。そうして聴き終わる頃には、何かが抜け飛び、涸れ呆けている間に陽も失せては夜になる。
cf.
bloodthirsty butchers "kocorono" P:1996