一遍の物語は連鎖的に続編を生み出し続け、敷かれ巡らされていく伏線、すなわち用意されたピースを収束に向かわせようとしていく。紡ぐ者がただ一人に限られる必要もない。途切れや消失点に至ることなく、継ぐ者達が生み出す新たな種は、その者のオリジナルでもあり、源泉となった者がかつて持っていた脈動の伝播であると同時に、託されるという重みすら持たない所有者依存の強い連環でもある。
同様に、ただ一人が書き綴ろうとする言葉なるものもまた、尽きようとする自主性をもってして尽き果てるものではなく、幾多の選択肢から引き上げられた恣意的かつ三叉路は許されない苦汁滲み出す分岐の見本と読みとることもまた可能なのである。それは何かの圧力と圧縮による、弾き出されてしまった行間を汲むべく多大なるヒントにあふれる、やはり完全な共有などは望むべくもなく、組み上げられた終点を知る由もない、混乱、混沌の剥き出しにされた一つの答えとして甘受し、次なる種を投げ返さねばならない。
cf.
coaltar of the deepers "THE BREASTROKE" P:1998