2001年05月15日

Get Wild / TM NETWORK (1987)


「It's your pain or my pain or somebody's pain」

「my」 ではなく 「your」 が先に現われる。日本語としてふさわしいのは 「君」。

その友人とは数年ぶりの、他の誰とであっても一年はしていないだろう一時間を超える長電話の最中、僕は床に寝転がっていた。天井に届きそうなほどに視界を圧倒する CD ラック。ぼんやりと直方体の塊をとらえ、やがて定まった視線の並びにはその曲よりも古くにリリースされたアルバムがあった。

お互いのやる気の無さに呆れかえりながらも話は続く。僕はケースからライナーを取り出し、今となっては稚拙とも思えるアーティストコメントを読み解いていた。覚えたての中学生が、憧れをむき出しにして使っているかのような英語。目の色を輝かせながら。

結局何を語るでもなく切った電話を放り投げ、腰を上げる。レンタルしてきた CD を返さなきゃならない。

CD 。あの時はまだ夢の機械。やたらと広いだけで人気 (ひとけ) の少ない町内で自転車を乗り回していた僕は、まだウォークマンすら買ってもらえない子どもだった。友だちからダビングにダビングを重ねてもらったカセットテープは家でしか聴けなかった。ポケットに鍵をあさる。さっきの CD を持ってこなかった。舌打ち。

イグニッション。セルが回る。グローブボックスに投げ込まれていた MD をセット、回転数の落ち着く前にクラッチをつなぐ。アクセルのタイミングをつかみながら駐車場を後にする。 MD をラストトラックに合わせて聴き始めた曲。そのかっこよさに目を輝かせていたいがぐり頭の同級生は、歌詞に英語が現われるたびに詰まり、何か適当な横文字を並べては場を濁していた。僕はその隣で、少し得意げにそれを歌っていた。


「It's your pain or my pain or somebody's pain」

誰を相手と定めるでもなく、それでも誰かのために僕を捧げる。僕の相手だから君。目の前にいるわけでもない相手を捜すことは、人海に生きる自分を見つけることと同義に思われていたのかもしれない時代。

今ならばどうだろうか。 「君」 は人海にいるのではなく、天上から放出される二進数で網にかける。憧れていた機械は全て手に入り、大した実りもなかった時間を消費する中で確実にオールドファッションとなって行く。文字と数字と少しの記号が表情を作る。それは錯覚。

古くなった時間は、やけに煌びやかな前奏が流れ始めた途端に今とつながる。僕は手にハンドルを握り、やけにコントロールの悪い信号に舌打ちをしながらも、エンジンと音楽とを耳に握る。タバコと黴の匂いが鼻につく。電話を握りしめて歩く子どもたちの耳にも、この音は黴くさく聞こえているのだろうか。意味もなく三車線の道路を速度超過で駆け抜け、すぐに U ターン。 3 回のリピートで飽きて部屋へと戻る。


「It's your dream or my dream or somebody's dream」

誰かの夢なら、あの時よりも今の方が増えている。自分の足ではなく、自分の指で誰かをつかむ。アトモスフィアがコネクションを支える。それでも君が大事だと偽り続けていることこそが、使い回すこともできない古着。

cf.
TM NETWORK "Get Wild" P:1987