2001年05月23日

LOVEBEAT / 砂原良徳 (2001)

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coaltar of the deepers や bloodthirsty butchers を夜に聴いて、そしてなかなか寝付けなくなるという日々を 3 月頃に送っていたような気がする。 4 月以降は、鬼束ちひろさえあれば案外すんなりと寝付けるようになっていた。

昨夜は砂原良徳を試してみたが、やたら耳障りで眠れなかったのはなぜだ。今はそれを流しながらうっとりしているというのに。今風の電子音は僕のヘッドホンリスニング向きじゃないのか。確かに BOOM BOOM SATELLITES を耳元で聴きながら寝ようって気にはならない。こういう電子音を聴く時には、頭は結構な回転を要求されているのかもしれない。副次的、それも時間の許す限りで後天的に外国語を修得した人間が、その言語で語られるニュース番組を聞くような感じで。同様に電子音は耳 (頭) にネイティブではない、とか。

人の耳は案外と電子音を聞き流すように出来ているのかもしれない。そう考えると、体にとっては悪玉菌とも言えるのか。ある程度のスピード (BPM) を伴わないと、人の神経は拍の隙間にうっかりと絡み込んでしまうとでもいうのか。総じてこのアルバムは BPM が緩く、妙なダイナミックレンジの陰という陰に巧妙なマスキングと瞬時のゼロメータが存在し、主人に投げられたボールを追わずにはいられない犬のように、どこまでも軌跡を追い続けるハメに陥っていく。河川敷かと思ったら路地で、その隙間でついつい耳を使ってしまい、気づくと行き止まりに追い込まれているのかもしれない。

渋滞に巻き込まれたバスの中にいるかのごとく退屈極まりない光景と時間でも、対向車線には車が走り、歩道では人と自転車がせめぎ合っている。動く物体に注意を集める暇つぶし。もしかすると時を同じくして暇を持て余して歩く人間が、自分の乗るバスのペインティングを見て何かを悟るようなことが起きたっておかしくはない。だとしても、総和は退屈の輻輳。

もう少しボリュームを上げてみよう。

cf.
砂原良徳 "LOVEBEAT" P:2001