2001年06月26日

UNITED COVER / 井上陽水 (2001)

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「井上陽水 『UNITED COVER』 を斬る」 意見を斬って暇つぶし。

暑いですねぇ。暇ですねぇ。暇なので、たまにはこういうお遊びなどをしてみましょうか。僕が見た限りでの 「陽水カバーアルバムいまいち発言集」 。引用云々とか、リンク云々とかウザイので、手前で勝手に編集して、なおかつ出所不明でお送りします。狭い世界における批評を批評するという、なんとも不毛で、なおかつ、反則技な行為ではありますが、まぁこの 「vox」 自体が暇つぶし行為でしかないので、それもありでしょ。

突然休みになったから、本当に暇でしょうがないんだよ。他のサイトを更新するのは、頭を使うから御免こうむりたいし。

では、早速ですが、僕が見た限りでの批評文を抄でピックアップしてみますかね。カッコ内は手前による補足です。

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・選曲が渋い。
・陽水が親の世代なのだから、この選曲は仕方ない。でも古すぎる。
・陽水の実力からすると、やや物足りない。
・陽水の声で曲を殺している。
・本当にひどい。 2001 年に売り出される理由は?
・このような安易なカバーを発表するから、音楽業界全体がカラオケ化していると言われる。
・ここ数年での陽水の魅力はその声と奇抜なアクションだけ。
・セフィーロ CM 時代から何の変化も進歩もない。
・どうということはない。
・新しい陽水の姿や、音楽的な進展は少なくとも見られない。
・今の陽水の活動スタンスの方が、若い世代のフリークも生まれやすい。プレミアムアーティストとしての寿命も延びる。
・他人の唄を唄っている。それだけ。
・リリースをするのは、ビジネス的理由から。

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いやはやいやはやいやはやいやはや(笑)

ちなみに、ここに挙げた人たちは僕と同世代と見受けられる人たちばかりです。そして邦楽好きな人たちばかり。ということは、少なくとも小さい時には歌番組で育った世代じゃないのかなぁ。親は歌番組見なかった? 我が家なんて、親が歌謡曲好きだったから一緒になって音楽番組見てたし、今でも 「BS 日本の歌」 とか見るし。そういう環境で育って今に至れば、曲の新旧なんてものは本当に些末な問題。むしろ 80 年代以降の楽曲こそ風化が激しくて、総体的に古くなる度合いが大きく感じられるんだけど。

音楽におけるカテゴリーの細分化も、リアルタイムで感じてきた世代であるはずでもあるはずなのに。細分化激しい流れの中で、陽水のような、もはや化石になりかけている人間が、まだまだイロモノに走ることなく、本職で真っ当に仕事をしていること自体を驚きを持って迎えなきゃいけないようにも思えるんだけれどもね。そんなことを言うと、

「そういうベテランが長居するからいけないんだ!」

などと声高に叫ぶ人もいるかな。その論点はここまでの文脈で既に封じておりますので、とりあえず無視ね。

で、これら、意見として挙げている人たちの趣味って、結構僕ともかぶっているんだけれどもなぁ。

この作品はなまじオリジナルをリアルタイムで聴いている世代よりも、僕のように陽水本人をリアルタイムで楽しみ、収録されている楽曲は歌番組で耳にしているような、そういう世代に向いているのかもしれない。だとすると、本当の対象年齢層は 30 - 40 代ということになるのかしらね。

「原曲の雰囲気を壊している」 という意見の人がいたけれども、この人は自分で 「選曲が渋い、古すぎる」 とも言っています。だとすると、この人は一体どこまで原曲を知っているんだろう。そして、楽曲がこの時代まで生き残ってきた、すなわち風化することなく数々の歌い手によって歌い継がれてきたという事実、曲が愛されてきたという背景に気がついていない辺りが非常に残念なところ。

歌い継がれるというのは、今回の陽水のようにレコーディングされて記録に残るという意味だけじゃない。多くの人物が、各々の人生の中で何度も歌ってきたり、テレビ番組で数多くの歌手が歌ってきたという、そういう歴史が堆積されているということなんだよね。

「音楽業界全体のカラオケ化」 という意見もまた随分と面白い。 「カラオケ化」 なんて言うけれども、それこそが 「歌い継がれる」 ということなのじゃないだろうかね。 NHK の歌番組なんて見てみなさいってば。昔も今も、ひたすらカラオケ大会だから。ビッグ (笑) な歌手が、過去の名曲をいつもいつもいつもいつもカラオケしてるんだから。

今回のカバーは、この延長線上、もしくはマインドに則って陽水自身、そして演奏メンバーが多分に楽しんでいる。陽水というビッグネームを使って好き勝手にアレンジをかましてしまうという暴挙。ところが 「派手に演奏しろ!」 と言われたら、リミッターなんてあっさりとぶち破ってどこまでも突っ走るミュージシャンの布陣でいながら、全体的にオーバーアレンジを意図的にとも思えるくらいに避け、ひたすらボーカルを浮かび上がらせるというアレンジの妙。ここは驚いておかないと。何度かここでも書いているけど、音は足し算をするより、引き算をして行く方がよっぽど難しいのだから。

かと思うと、ギャグ魂を唐突に全開させた 「星のフラメンコ」 なんてのも、ニヤニヤしながら聴けるわけですな。 「東京ドドンパ娘」 は一体どこの銭湯でレコーディングしたんだ。他に類を見ない陽水の声は、何もしなくても、そして何をしても陽水。事実 「聞茶」 の CM は、クレジットがなくても陽水だとわかるわけで。

そしてもちろんこの作品には、昭和歌謡の面白さを知るという魅力もあると思うわけですよ。事実、加山雄三の 「旅人よ」 がこれほどまでに閉じた雰囲気を持つ楽曲だとは気がつかなかったし。加山雄三というと、開放的な方へと向かう印象が強かったからね。それはあくまでも個人的な印象でしかないのかもしれないけれど。

同じく 「誰よりも君を愛す」 での、古賀政男や吉田正といった流れを汲む、湿りと陰のある戦後の昭和歌謡史をよくぞ今に持ち込んだと、歌謡曲ファンとしては感心せずにはいられないわけで。もちろんムード歌謡も忘れてはおらず、宮川泰の 「ウナ・セラ・ディ東京」 が、これまた、やっぱりムードなんすよ、ムード。芳醇なムード。他に誰が、この曲を、今、堂々と歌いきれる? 死に体の歌手が歌ったって悲しくなるだけ。

歌謡曲という存在を退けることによって、自分の属するジャンルと個人のアイデンティティを確立させようとしていた、フォークからニューミュージックを渡り歩いたアーティストが、今、あの年齢になって昭和歌謡の数々に向き合うことの、その精神的円熟や洒落っ気を見習う、もしくはそういう生き様に少しは同調なり、リスペクト (腹を抱えて笑おう) したほうが、視野の広い日々を送れそうな気がする、というのは、これまた余計なお世話というものかしらん。

前述の 「旅人よ」 ではあえて 1コーラス目の歌詞を 2 コーラス目にも流用したその意図をつい探りたくなってみたり、 「嵐を呼ぶ男」 でのセリフのリピートを恥ずかしがり、照れ隠しで陽水流シャウトを聴かせてみたりと、一つ一つの細かな部分に、とにかく含みや 洒落が隠されているように思えてならない。井上陽水という一つの存在、キャラクターが独り歩きしているからこそ、本人自身がそれを楽しんでしまおうとする意志が見えているようでならないのだよね。どこぞの翁のような。ビジネスとプレミアムとの兼合いというよりも、ビジネスにおける成功は後からついてくる状況に、陽水自身がおかれているとも言えるかも。

年齢を経ることの熟成に羨ましさをおぼえ、同時に今でも霞まない存在感を訴えるそのコマーシャル効果。人間はそれくらい狡猾でいいじゃない。ましてや流行り廃りで消えてしまう頭数の方が多い音楽界なのだから。第一線から第五線くらいに後退した人間が、一発逆転を狙って 「昔の曲に息を吹き込みました!」 とやらかすようなあの惨めさが全くない、それどころか、昔の曲で遊んじゃうそのイカレた精神を、こっちも楽しんだ方が健康的な気がするけどね。

カバー作品集は、それを作ろうとするモチベーションを持ち、自らの魅力を知っている人間だからこそ出来るものだとも思うだよね。えぇと 「新しい陽水の姿が見えない」 。これもまた浅い意見に見えるなぁ。人間は熟成していく生き物でもあると思われるし、人生を煮込んでいく過程での日々の切り売りこそが、日常という名の、自分自身の存在証明でもあると思うのだよね。

だとすれば、この時期に作品を一つ切り落としたと言うことは、それは一つの存在証明でもあり、そしてそこに、この稀有なボーカルスタイルの熟成や、前述の遊び心の応用、隠し味の有効活用が見られるところがまた、このアルバムの面白さを作っているようにも思えるのだけれども。さっきもいったよね 「芳醇」 と。あまねくアルコールのボトルを封切った時の薫りは、熟成抜きには語れないでしょ。

感覚の固定化、動脈硬化、マジョリティへの感化。音楽を聴こうとするならば、この類の精神的老化は極力、遅延工作を自発的に行いたいものだとも思うのだけれども。僕らは作り手ではないし。せめて熟成させたいよね。

結果として 「歌謡曲が苦手だと、このアルバムもダメだろう」 という一言で片づけられるところが、また悲しいんだけど。何が悲しいって、こんなにダラダラと暇を潰している自分が悲しい。

さて、みなさま、いかがなものでしょうかね。

cf.
井上陽水 "UNITED COVER" P:2001