家に帰ってきたら誰もいなかった。空梅雨だったとはいえ、梅雨が開けたことには変わりなく、無理矢理にこじつけては押し入れの整理をし始める。音楽でもないことには、なんとも冴えない地味な作業。ラックを眺めると何となく本田雅人の 『What is Fusion』 が目についたので、それをトレイに。
それにしても誰も帰って来ない。冷蔵庫を開けてビールを飲む。つまみには、同じく冷蔵庫に入っていたゆで卵に粗塩をふって。今度はテレビをつけたい気分になり、しばらく前に友人から借りていた DVD 盤の 『What is Fusion』 を観ることにする。
ライブ盤が映像として残る以上、オーバーダビングのごまかしを効かせるにしても、かなりの制約が加えられる。だからこそ楽器個々の輪郭は鮮明になってくるわけで、まぁ、とにかく DVD の普及というのは本当にありがたいこと。特にこの DVD は CD 盤の映像的タネ明かしでもあるのだから。
映像が伴うことによって、初めて見えてくる音もある。いかに普段は耳で音を聴き取っているように見せかけて、実は聞き流してしまっているかということの、自省的証明に他ならないのだが。酔いも回ってきて、とにかく演奏に見とれてしまう。ただひたすらにうっとりと。
空きっ腹にビールだったこともある。一時停止ボタンを押して手洗いに立つ。一息ついて唐突にメロディが口から流れ出るが、はて、どうやっても音が定まらない。何年も聴いている曲だ。頭の中にもその音符の位置が見えている。なのに歌おうとする喉と頭が一致してくれない。やたらと繰り返すフレーズの中に、音階違いが存在する曲だからなのか何なのか。
「倍音のせい?」
一瞬考えてもみるが、採譜を生業にする人間も世にはいるわけで、単に自分の耳の中にある音階と、現存する音階との合致能力が甘いだけと思って水を流す。合致とはすなわち、耳に入った音を見極める決断力ともいえるか。音楽的知力の一環。
本田雅人の面白さは、スタッカートとスラー。勝手にそう思い込んで、聴き込む音の焦点を絞る。音の断面を鮮明に印象づける、のどごしよりも切れ味重視のアルコールとでもいおうか。
それにしてもまぁ。
1 曲の中でサックスを 3 本も吹き替える曲がある。痛快にバカで面白い。呆れ果ててお口あんぐり。面白すぎる。ソプラノにアルトにテナーかな? バリトンはもっと大きかったはず。一流のバカはエンタテインメントになる。僕がマイクを両手に持って、一人 move をやるのとはワケが違う。
ビジュアルエフェクトはチャチだ。映像専門学校に入りたての学生が作った制作課題でも見せられているよう。むず痒いというか恥ずかしいというか。何も手を加えることなどない。
等々、つらつらと思い浮かべながら、やはりまだ誰も帰ってこない家で、音と映像をありがたく頂戴している最中。則竹さんのドラムって、機械と人間との間に見えるブレが面白いなぁ。一楽曲の最中であっても、この二者間をいったり来たりするところがいい。神保彰よりも則竹裕之を好む理由ってのは、この一点に尽きるんだ。もちろん両方とも好きだけど。
んー、インストゥルメンタル編成のライブ、しばらくぶりに行ってみたいな。あ、去年、日比谷野音に行ってるか。
cf.
本田雅人 "What is Fusion" P:2001