2001年08月28日

ココロのはじまり

注射を打つ直前の覚悟と後悔は何度経験しても同じものであって。曲が始まるその瞬間、止めることも出来ずに、次の曲へと突入してしまうのもまた、それは体内に入ってきた何かが引き起こす快びをココロのカラダが知っているからでもある。

ココロのココロはいつもココロに封をして、ココロのカラダは汚れているんだと稚いココロが目隠しをしていた。目を開けても白い闇。光はあれど、物はなく。誰かこれを取ってと騒いだところで、封をされたココロの中に縛りつけたのは他ならぬ自分。悔やむ自業自得と、洗い流されるかのように奔流がいつか目隠しを外してくれること請い願う祈り。

時間はいつしか、なるようになるさと身をまかせる方法を身につけ、追いつけなかったココロの本体が、側面であるココロのカラダを知った。静かに静かに静かに開く扉の先がまた扉であっても、扉を開け続ける限り、歩みが止まる事はない。だから針が入り込む瞬間の痛みも、わけのわからない快びも、全てひっくるめてまとめてこの身に放り込めばいい。静かに。だからそれは瞬間の覚悟だけがあればいいのだと言い聞かせて、もう一歩階段を下りる、踏み出す。

cf.
bloodthirsty butchers "yamane" P:2001