金銭と心のギブアンドテイク。必要だからこそ門を叩き、そして必要だからこそ終わりと礼を自らの口で述べた。一仕事終えた時のように、その空間をかみしめ、そこでの時間を振り返り、確かに熱くなっている目頭に気恥ずかしさをおぼえ、自意識過剰気味に顔を伏せる。流れるほどの涙ではなくとも。
生活用品を目当てに入ったドラッグストアでは、セルフカバーによるかつてのヒット曲が小さく流れていた。陳列棚の一番下に置かれた洗浄剤を手に取り、その場にしゃがみ込む。他に客のいない棚の間で、小声で歌った。歌いたいがために、買いもしない品物までをも手に取って、どこかのワンフレーズ歌いきった。どのフレーズだったのか、もう思い出せない。
昼間には T シャツ一枚で外に出ていたというのに、たそがれ時も過ぎた今は冬の風のにおいがしている。全てが思うほどうまくはいかないと判っているフリをして、そのくせ、傷の深さには全く気がついていなかった日々。ふとしたことで、その傷も周りの肌と同じ色になっていたことに気づき、そこで初めて過去の痛みを知る。日々の中にはそういうこともあり得る。そして気がつくのはいつも後からだ。
あの時の儀式を思い出し、コンビニエンスストアに入る。中華まんを一つ買い、自動販売機で温かい缶コーヒーを買う。十数分で冷たさを増した風の中、自転車をこぎ 200 円強のぜいたくを楽しむ。これもまた忘れていた時間。今さらのように、忘れていたことに気がつく。他人にとってはどうでもよい楽しみを、一つ一つ、洗い流すことによって取り戻す白さのように思い出していく。夕食時に人通りは少なく、鼻歌として出てきたのはあの曲の続きであったり、前後したり、ただ、歌詞ははっきりとは思い出せずにいた。
笑えるほど単純に人恋しくなっても、手に握った電話の相手はその場にいない。それでも失われることのない安心感は、これまで手にしたことがなかった扉と、これまで執拗に拒み続けた扉の先に、知らない間に、この自分を待っていた。それにすら気づかず、流れの外でただ指をくわえていた日々。夜空の下に吹く風は冷たいなりに、時間の経過を親切に伝えてくれた。