K と再び合流して再び東口へと。 bloodthirsty butchers ライブ最終日、新宿リキッドルーム。入場時間がおしている中、薄暗い階段にもリハの音が聞こえてくるのです。よりによって 「happy end」 。フルコーラスの演奏でございました。
チケットに書かれていた番号は 304 番。期待せずにフロアに入ったところ、まだ最前列が埋まっているだけの状態。迷わずど真ん中二列目に陣取って、あわよくば最前列を狙う。で、始まればもちろん最前列におりました。最前列ど真ん中。こんなのって初めて。真正面にはドラムの小松さんがいて、左右等間隔に射守矢さんと吉村さん。 「さん」 付けっす。というか、俺、こんなんだったらもっといい服着てくればよかった!
くどいようだけれども本当に今週はバカみたいに忙しく、しかも 「毎日」 という中に流し切れるものでもなく、過去から未来への明らかな転換期を迎え、またそれを自覚していたものだから 「精神的張りつめ度」 では未知のゾーン。こんなポジションで bloodthirsty butchers を見ることが出来るなんて、先取りの成功報酬を受取ったようなものなんじゃないか、などと思いまくり。
ライブ内容。
筆舌に尽くしがたい。以前 the pillows との対バンで見た時には 「思った以上にかっちりとパフォーマンスをするバンド」 という印象で、ある種の完璧さに感銘したものだけれども、まさか同じバンドがこんなことになろうとは。いや、吉村秀樹がいけないのだが、吉村秀樹が!
なぜいけないのか。あれだけ引き算においても足し算においても緻密なレコーディングをするだけの技術を持ちながらも、ライブではギターと 「遊んでいる」 だけだから。完全独り遊び。吉村秀樹というバカがバンドという枠組みにおいて存在するためには、確かにあの二人がいないといけないわけだよ。小松さん、射守矢さん。
それにしても、どうやったらあの吉村秀樹の境地にたどり着けるんだろう。 bloodthirsty butchers ファンが、なぜ bloodthirsty butchers ファンであり続けるか、そのヒントがわかったような気がした。やっぱりこの人はギターの神様なんだ。組み立てようが、ぶち壊そうが、その自由の権限はこの個人でしか持ち得ないものであり、それに対しての批評などは一切許されることがないのだろうと。彼の虜となった者は、この人物の一挙一動に全てを委ねるしかないのだろうと。
ロックってこういうことなのか?
「ロッキンオン」 信者の気持ちがよくわかった。そして今年になってリリースされた音源に対して、どの雑誌においても、どの評論家のペンによっても正しく 「描き写されて」 いない理由もよくわかった。 「仕事」 という片手間において bloodthirsty butchers を聴くなどというのは、どだい無理な話なんだ。遊び続ける相手に対して、正論でたしなめる方法を考えたって無駄なんだよ、無駄。
ライブを通してみると、今年になって発売された 「nagisanite / no future」 「happy end」 が、このバンドにおいては突出して 「点景」 であったのだと実感。 『kocorono』 がアルバムという 「全景」 を用いることで描き上げられていた世界であるならば、 『yamane』 に収録された曲群は、組写真ではなく、無造作に並べられたスナップショットだったのだと。なるほど 『yamane』 と対峙するにあたって、過去の bloodthirsty butchers が記憶された頭のままで挑もうとすると、どこか処理しきれない自分がいたことにもなるほど合点がいくわけだ。
ライブは正味一時間半といったところ。丁度いいね、うん。
いやー。また見に行くよ bloodthirsty butchers 。
セットリスト
1. happy end
2. nagisanite
3. no future
4. kaze
5. wagamama no hotori
6. 地獄のロッカー
7. 2月
8. LOST IN TIME
9. プールサイド
10. -100%
11. 燃える、想い
(en)
1. △
2. ピンチ
3. -100% no.2
「プールサイド」 が、あれ程に音外しまくりで、暴力的であったとしても、それを許せるオーディエンスがいるってのも、ある意味奇跡的だよ。今度はまた対バンで見よう。丁寧な bloodthirsty butchers も好きだし。