相も変わらず一段飛ばしで上らされる階段。運命なのか体質なのか、正統とはほど遠い脈絡で、頭よりも身体で反応することを余儀なくされる日々。それもまた毎日の送り方。お疲れさまでした。
明日からやってくる日々も、きっとまた身体を先に反応させる毎日。これまでの足踏みが過ぎたせいで、その反動が一気にやってきたのに違いない。休日のなんたるかを知って、休日を楽しむ方法ももう一度おさらいする必要がある。
毎日はきっと処理せざるを得ない事柄だらけ。その先に、何か期待が降って湧いていて、今更そこから道を外れるよう要求されたとしても、特にこれといった驚きもない。もう充分に驚いて、耐性は充分だったのだから。小さな区切りでの弱さは、こればかりはもう自分自身という生き物のプロパティ。でも、抱え込む必要もない。
流されて損な体質でもないはず。
今日は休日。駆け足で冬に向かおうとする休日の午後は、あっという間に陽を沈める。だから明日からもあっという間。振り返ってみれば、自分の送ってきた数十年だって、もう次々と連続性を失って、枝も葉も落ちるだけ落ちている。落ち穂拾いは暇な時の気分にまかせて、今日くらいは、しばらくぶりに落ち着いた休日の午後。いつか好きだったアルバムを流して、ここ数ヶ月の動転ぶりをよく現わした部屋も片づけて。