吉田ブラザーズ。仕事帰りの総武線で、ビールを一本ひっかけながらのファーストインプレッションをつらつらと。
性格の不一致が見事に現れていて飽きない。前作までも、実験的な健一、発展的な良一郎というイメージは確かにあったのだけれども、今作はその差がより明確になった感あり。
1 回聴いただけでも、兄の曲なのか弟の曲なのかはっきりと見分けがつく。だから tr.5 のようにどちらが演奏していたとしてもおかしくない楽曲でも、ある種オールドファッションドな感もある色気と艶の部分で 「これは兄の曲!」 と自信を持ってアイデンティファイできるあたりは、聴き手にも楽しみが与えられているということを意味するのだから、よき哉、よき哉。
「兄弟」 という、ネーミングやラベリング上において便利な器を逆に利用しているかのごとく、コントラストの違いを明確にしているあたり、そのうちに、兄弟それぞれの名義で 「アルバム二枚同時発売!」 なんてやってくれたら、垂涎もの極まりないだろうな。おお。
健一の作曲はフレーズありきなのは明かで、それだからこそ、テレビで新曲を聴いていた限りでは、音像や目的がイマイチ定まらないような印象にもつながっていたのだけれども、tr.3 でみせたように、何が飛び出してくるかわからないロック&ポップス畑のベテランミュージシャンとの絡みによって、CD というパッケージでありながらも、十分に 「ねじれ」 を実感できるハプニング性・アドリブ性が記録されているあたり、聴いていて本当に楽しい。
とはいえ、パワープレイにも似た勢い重視のこれまでの色とは随分と違って、津軽三味線クラシックともいえる tr.6 や tr.10 が、収録曲の中でも最も 「聴かせる」 作りになっているあたり、この兄弟なら絶対に 「本職」 を忘れずに、それでいて、真新しい音を常に作ってくれそうな気がしている。ああ、よき哉、よき哉。
なんかカタカナだらけのファーストインプレッションだ。でも 「カタカナなんだけれども日本語」 といったような、座りの悪さと居心地の良さとの同居、といった印象を受ける。これがもっとおじさん奏者の冒険だったりすると、妙に 「いびつなジョイント」 になっちゃうんだろう。 「冒険と言うよりは、お前それは単なるスケベ心のつまみ食いじゃねぇか!」 みたいな。そういうのって、古典楽器的立場で聴いても、ポピュラーミュージック楽器的立場で聴いても、どっちにも位置しない気持ち悪さにつながるので。片方の視点しか持たない人 (演奏者・聴衆とも) には有効なのかもしれないけれども。
もちろんこのアルバムにだって 「なんかハンパなんだよなぁ」 という不満感が所々にあったのは否めないけど、きっと CD で聴く限りはいくらがんばっても不満だらけなんでしょう。すなわち、楽器との交点を持って聴かない限りは、きっと不満だらけなんだろ、ということで。
その辺、重美徹みたいな 「さりげなく地味にいい仕事をするアレンジャー」 をポピュラー的アプローチの楽曲において迎えたのは大正解だったのかしらん。実体としての数値はしっかりと残しながらも、端数をうまく切り上げてもらっているような。どの曲とは言わないけれども 「松本孝弘のインストみてぇな雰囲気だな」 なんて思った曲があったのは確かだけれどもね。