2002年05月17日

エンコードする? それとも MD する?

自分の中で MD が復権している。昨秋に RioVolt SP250 を買ってから、ずっと MP3 にエンコードした音を楽しんでいたけれども、いかんせんプレイヤーが重い。そして、想像していたよりも、自分と音楽との距離が遠くなってしまっていた。

1 枚の CD-R に 10 枚程度のアルバムが入ることから、それまで以上に新しく入手したアルバムを聴く機会が増えるだろうと思いきや、意に反して特定のアルバムや、 1 アーティストのアルバムを全て収めた CD-R に依存してしまい、新作がないがしろにされてしまった。本当に意外な結果だった。

当初危惧していた通り、エンコードという無味乾燥な作業が、音楽を聴くための下準備を 「面倒くさい作業」 にランクダウンさせていた。

大量のアルバムを持ち歩ける夢の機械だったはずなのに、どことなくよそよそしさも感じる。 「これって本当に楽しくて聴いているのかな?」 と。決まったアルバムだけをフォルダから選んで、そして、エンコードが面倒くさいから元音源の CD は棚に収められて放置されたまま。家にいれば聴き慣れた作品かお気に入りのアーティストを手にすることが多いから、お試しの作品を掘り下げる時間はどんどん先送りにされてしまう。

MD にダビングしようとするなら、その最中にも音楽を聴ける。 MD で聴きたければ、否応なしに MD に落とす時間を割く必要が出てくる。歌詞カードを見ながら床に転がって聴き、そしてアルバムに一通り耳を通すとダビングが終わっている。そして仕事に行く前には 「何を聴いていこうか」 と悩む楽しみができる。出がけの天気、予想される帰りの気分。ファクターを組み合わせた上で選ぶ MD 。時々バクチに負けるセレクション。

変なところで昔かたぎが邪魔をしているのかもしれない。合理的じゃないのはわかっているけど、MD にダビングするという下準備から 「移動時間の音楽」 を楽しむ準備は始まっているのは確かだ。ダビングは、ワクワクすることの一歩手前を含めた幸せな時間。今聴きたい音楽が手元にないことを悔しく思うから、頭の中でその音楽を鳴らすことができるのも幸せ。


MD復権