平穏よりは少し楽しい夜になるはずだった。平均台にも似た床が消えてしまう可能性を考えないわけじゃなかった。ただ、できればあり得ないものとして蓋をしておきたかった。それは手前勝手な都合であるのは承知の上で、それでも乾ききるまではさらされることも剥がされることもなく、ゆっくりと気づかないふりの間で、その前後にどうかすることを期待していたからなおのこそ。
投げつけることもできない小さなボム。それは視線と人間のシールドが僕を辛うじて保ってくれていたから。それがなかったら、素知らぬ顔をして、会話から外れることなく、片手の操作だけでの遮断という手を取っていた。もしかしたら意図的なもの? 浅慮? はかりようもない。
そして一瞬にして膿は広がり、押さえつけることもできずに肌という肌にぬるい汗がにじみ出でいく。絵空事の膿が、妄想が生み出した膿が、汗になって形になる。一言叫べば全て放り出すことのできるボム。火の粉はリードの極限まで近く、自ら近寄ろうとしている。汗がそれを消し止めようと流れ続ける。シャツに、汗の色が移りはじめた。シャツに隠されているはずの肌が、外気とつながるのが見えた。
於いて全てのサイクルはロスト。その後の言葉は全て上滑り。言葉を出す実体はもぬけのから。手元で育てようと思い始めていた平穏なんてものは、単なる夢物語。それこそ絵空事。妄想はひどく現実的に現実。力を抜くはずの時間は、力を失わせるための時間と変わった。脱力。そして以降、夜が明けるまでの全ての時間はもぬけのから。
満ちないままに朝。状況は限りなく理想に近かったのに、自分の動きが霧がかる。珍しい朝霧。そして一人になればどこかで見た朝と同じ。それは酷似。酷な朝。にじられた跡を、さらににじろうとすればするほどに近づいていくあの朝。少しの遠回りで逃げようとしても、家に戻るための道は一本。少しでも避けていこうとしても、最後に合流した先にとびこんできた肯定したくもない風景は、風化するまでの距離の長さにせせら笑いを見せる。そこまでトラップを仕掛けていたの? まだ楽にしてもらえないの?
逃げ込むようにして部屋。爆ぜさせてしまえば楽になる。火種に火を与えてしまえ。くべてしまえば楽になる。床に座り込んで唱える。これが悪いわけじゃない、これが悪いわけじゃない、これのせいではない。唱え、何度も音が耳に入り込む時に確かに涙が伝った。陽が強くなり、霧もとうに上がっている。それでも、時間への力の無さと、楽になることへの諦めの強さと、油を注ぐことへの恐ろしさから逃げることができない閉じた望みに、途方に暮れた。
cf.
bloodthirsty butchers "January" P:1996