2002年08月06日

day after tomorrow で笑い死にさらせ

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連休突入。車内日焼けも期待しつつ、久しぶりに千葉未踏ゾーンを開拓してみようという気になった。車で勝浦とか鴨川とか鋸南とか木更津とかその辺をのんびりと走っていた。 bay fm の入りが甘くて、なぜか nack5 が入る不思議なゾーン。金色に染まる海の向こう、陽炎にゆらゆらと歪む東京湾フェリーなぞを左手に見ながら、ラジオから流れてきたのは五十嵐充 (ex. Every Little Thing) の渾身の一撃ともいえる新ユニット、day after tomorrow。

笑った、笑った。対向車線の視線なんて意識しないくらいに笑った。ボーカルのあまりものクセの無さに、潮流への反逆精神を見た気がした。そうだ。もう、うまいボーカルには飽きたよ。たまにはレトルトのカレーも食べたいよ。高級嗜好なんてガラじゃないよ。 Misia は暑苦しいよ。

それにしてもボーカルを前に出しすぎたこのミックスはどうだ。テレビでもラジオでも誰もが耳を奪われるこのミックス。そうだ。賛否ひっくるめて、どの時代にあっても万人の気を引くのは 「わかりやすいもの」 だ。 Every Little Thing と何も変わっちゃいない五十嵐充の手癖はどうだ。裏方プロデューサーになったくせに、なんだ、この五十嵐味の濃さは。完璧じゃないか。しかもギターはビーイングからの引き抜きか。いやー、もう音楽シロウトが売れる売れないを考えるのはやめにしよう。送り出す人間がいかに潔く作れるかどうかだ。いい、いいよ。その潔さ、いい。

某ボーカリストの妹だとか外的要素のどうのこうのなんてどうでもいい。そんなゲスな斜読みはもう流行らない。くだらない。この曲のくだらなさを際立たせたいなら、曲をあるがままに聴いてゲラゲラ笑った方が効果的だ。なぜそこで自分は笑うことができるのかと、その一点を掘り下げて考えた方がいい。そして行き着く先はこうだ。なんて自分の耳はお子様趣味なんだ。

あぁ、そんな曲でも画竜点睛を欠いている。すこぶる残念だ。地団駄踏むくらいに悔しい。おもちゃ売り場で背面床重ね泣きが披露できるくらいに悔しい。転調がない。サビのメインは 15秒*2 の CF 対応型五十嵐メロディの面白さが久しぶりに炸裂しているのに、転調がないというのはどういうことだ。返す返す重ね重ねもったいない。転調!

cf.
day after tomorrow "faraway" P:2002 CCCD