大学の水泳部とおぼしき集団が、ロッカールームで歌う 「ultra soul」 。一人が歌い始めれば、最後のかけ声にたどりつく頃には小声の合唱となる不思議な世界。それを傍らで聴いたのは数週間前の話。かくいう自分も、世界水泳の国内予選が開かれたこのプールで泳げば、頭の中は 「ultra soul」 がいつまでもいつまでも繰り返されている。一時は 「プールサイド」 ばかりが流れていたことを考えれば、ずいぶんと健康になったものだと、自分に感心をしてみる。これも休日の一つ覚えな楽しみ。
ダイビングプールがシンクロナイズドスイミングの団体貸し切りにさえなっていなければ、だだっ広いプールの中は、ライフガードの趣味らしきCDが流れている。 Mr.Children のベストアルバム、洋楽コンピレーション、どんな人間の趣味やら、不思議な曲が集まった洋邦混在コンピレーション。
記憶が呼び起こされるありがちな 「酸い」 ではない。余計なもの、うざったいもの、足かせになるもの、肩の荷になるもの。少しずつ、かつ着実にこれらをまといながら今に至り、この成人養成ギブスを取り払った後の軽さは、実は精神的な退化につながるのではないかという恐れから、緩やかに、とどまれずに、今の上に乗って進んでいる。この怖さの源が 「取り残される」 ことにあるなら、取り残されないでいる安心、その源では本当に甘い水が湧いているんだろうか。
味わいようのない水の味は、出来ることならば甘いものとして想像していたい。取り残されるか、取り残されないかなんてことは、しょせん自分の心一つでしかないのだから、何と言われようが、スライドガラスに薄く切り取って載せた今に必要なこと、今に実ること、今仕方ないからやっていることに砕身していくくらいの気楽さを、わずかながらにでも持ち合わせておけばいい。
気楽さ、なんて言いつつも、その背景はこんなにも頭でっかちになっている。さすがは成人養成ギブス。だからこそ、今ならブルーハーツも気持ちよく聴けるはず。ギブスの中には、信じられない大人もいなければ、守ってやらなきゃいけないあなたもいない。抑圧もなく自由に泳ぎ回っている自分自身の核が生きている。それはぬくぬくと生かしておく。
そいつが心躍ってくれるなら、たとえ細くなろうとも、ギブスの裂け目からは甘い水が湧き上がり続けるに違いない。恐れなどとぬかして見て見ぬふりをしている軟弱な心なら、水の浄化作用とやらが、勝手な都合で作られている余分な泥を洗い流してくれるに違いない。そうすれば、どんな水だって甘くなる。水に身体を浮かせて、水をかきながら、間違ってもがぶ飲みだけはしないように。
cf.
B'z "ultra soul" P:2001
bloodthirsty butchers "未完成" P:1999
THE BLUE HEARTS "SUPER BEST" P:1995