2002年10月18日

2002.10.18

朝。もう十数年も乗り続けている電車は慣れたもので、乗ってからしっかりと 30 分弱で目を覚ました。そして、立ち上がった途端に左耳の音が消えた。朝からサンバがまずかったか。

乗り換えたあとの乗車時間は 10 分ほど。プラグを抜き差ししてみるが、やはりうんともすんとも言わない。ここしばらく、どうも接触が危ういと思ってはいたが、まさかぽっくりと往ってしまうとは。

定時。 「一時間近く音楽もなしに帰るなんてブルーだわ」 なんて話をした後に、一人、駅まで歩く。客引きの手拍子と声がやかましい。週末の 18 時過ぎに新宿に行くなんて考えただけでもロクでもないが、それでも今日買わずして、一体いつ買いに行くのか。即日即買。微妙に手痛い出費。山手線を降りて、南口へ。少し離れた交差点から続く人並みが、横断歩道を横切ることも赦さない。 「週末の夜にどこかで待ち合わせして」 なんて言葉を突然思い出してはぶり返しの憤りを覚え、タイミングよく後ろから小突き続けるオヤジにガンを飛ばして吐き捨てる。 「ゴツゴツ押してんじゃねぇよ」 。ドブネズミ色のスーツ。

多分数ヶ月かそこらだというのに、久しぶりにきた新宿はひどく歩きにくい。角にあったさくらやはいつの間にかメガネ専門館になり、地下にはパスタのチェーン店がある。向かいの角にある酒屋はコンビニになっていた。帰りは絶対にビールを飲んでいこうと誓う。

ヨドバシカメラのフロアも、かつての面影がないほどの模様替え。ここしばらく、ヨドバシカメラといえば錦糸町か千葉にしか行っていない。そこで思い出す。もしかしたら半年近く、この新宿なる街に近寄っていないのではないか。職場に向かう途中の道路では、緑色の板にさんざん見慣れた区名だというのに。

それにしてもなんという人の数。肩に食い込むバッグは重く、十月も終わろうとしているのに、汗は止まらない。ウロウロとフロアを迷って目当てのイヤホンの前に立つ。そして見つける 「入荷待ち」 。

背中を汗が伝って不快度はさらに増す。目眩にも似たうんざり感に支配されて、一度店を出る。出入口など、あってないような道路との境では、一息ついてもつききれない。ふらふらとまた入り直して、手の空いている店員を探す。こちらから声を掛ければ済むものの、店員のくせに物欲しげな客を見つけられないとはいかなることかと、理不尽に怒りを覚える。そうだ、今日は朝から理不尽なのだ。断りもなく、イヤホンが壊れるからいけない。四方八方ぐるぐると、目が店員を探す。いや、店員はいる。あっちこっちにいる。まともに探す気もないのはここにいる自分で、客が店員に施しを受けようとキョロキョロしている。ようやく目があった店員が、間髪入れずに声を掛ける。 「お探しでしょうか?」 。こんなにやかましい店内なのに、なんでこの声はダイレクトに届くのだ。

錦糸町店への電話はつながらない。新宿東口になら在庫があるというが、人混みの歩き方を忘れてしまったこの足では、そんな最果ての地まで向かおうという気にはなれない。帰りの電車は、カタログでも広げて暇をつぶそう。車でも出して、明日にでも錦糸町に行けばいい。そうして電話をしてもらう。それでも日本全国週末の夜。店員の耳には何度も呼び出しのベルが聞こえているらしいが、相手はなかなか出てこない。憮然とした表情は、数千円の買い物だというのにわざわざ他支店にまで問い合わせをしてくれているこの店員に悪い。それでも、汗は何度も背中を伝う。そのたびに、表情のバイタリティも流れていく。

店員は名刺を差し出して裏返した。品番を記し、取り置き分が確保でき次第、携帯電話へと連絡を入れてくれるという。申し訳ない。もとはといえば、朝、のんびりと眠っていた自分が悪いのだ。ゆっくりと立ち上がって、ゆっくりと乗り換えていれば、こんなことにはならなかったはずなのだ。本当に申し訳ない。なんなら、そこにある CD ウォークマンを買ってお礼に代えたい気分だ。来月発売される MD ウォークマンでも、この名刺の人物を指名して買ってあげたい気分だ。しかし現実はどうだろう。売上を確保するのは、別の店舗の別の店員だ。流れ出した汗を全部取り戻して、気分も全部巻き戻して、フラットな所から礼の笑みを返さないことには、自分は人として終わってしまうのではないか。

店なのか道路なのかわからない所へと身体を移せば、そこにはワゴンが何台か。 10 枚 1,000 円を切るブランク MD を手に、三顧の礼さながら三度店内へと戻る。レジに並べば、上辺にわずかに上乗せした礼を述べたばかりの店員がそこに。そして、売上という礼は結局税込み 1,021 円。

意図的であろうとすれば空回り。無意識であろうとすれば、意図的であろうとした結果よりも滑稽な上滑り。申し訳なさばかりが体中を浸食して、そして角のコンビニで発泡酒を買う。一方通行の裏道を、あり得ないガタイのハイウェイバスが曲がってくる。道端に座り込んで見上げるヨドバシカメラのネオン。目の前を何度も往復する、作業服のおじさん。携帯電話片手に、なだめてスカして脅して謝る。とにかく今、身体に残っているのは、言いようのない疲れといわれのない疲れ。こんなものを飲んでしまえば、すぐそこにある地下鉄の入口に辿り着くのにも苦労することは百も承知だというのに、なんだろう、この行き当たりばったりな自分は。

自虐に染まるでもなく、いつの間にか随分と古いヒット曲なぞを歌い出しているが、気に留める人もない。メルセデスのコンバーチブルはむやみに回転数を上げ、十戒気分に浸っては品川ナンバーと three pointed star の株を下げている。自分の値段とメルセデスの値段との差は明らかすぎで、泣ける気も失せる。抱き合いながら歩くカップルを見送れば、女の左手が何度も何度も男の尻をつねっている。ここが千代田区じゃないことをいいことに、白長靴のシェフは店を出たのか店へ戻るのか、苦虫と煙草をかみつぶして歩く。

缶の中身が空になる頃には、すっかりと寒くなり、やる気のない時間と、がまん大会との時間とが突然切り替わる。かといって上着を取り出す気にもなれず、立ち上がっては缶を捨て、雑誌にふさがれている空き缶専用のごみ箱に放り投げては、よろよろと歩き出した。

cf.
特撮 "ヌイグルマー" P:2000
B'z "太陽のKomachi-Angel" P:1990