この 5 年間、思った以上に move が深く入りこんでいて、こんな風に、あえて頭を置いてけぼりにしたくて、買ったばかりのアルバムひっさげて、タクシー深夜料金前の、ちょっとした谷間の時間に首都高を走る。ここしばらくあり得なかったボリュームにして、エンジンの音もタイヤの音も何も聞こえない。
move ってなんだろう。バカ? そうだよな、バカだよな、なんて思っている間にあっさりと 5 年が経過ということは、それだけの時間をもしかすると、 just wasted? なんて思ったり思わなかったり。一体どっちなのだと答えを出すなら、そんなものいつだって捨ててるようなもので。
3 分前の渋滞情報が嘘つきなら、 5 時間前の笑顔は極刑を通り越し、もはや時効なんでしょ。飯倉付近で外回りの流れは完全にストップして、 「come together」 が耳にうるさいくらいに回り込んでる車内から窓の外を見てみれば、そこにはとあるビル群、テレビ局。名高いコンサートホールも同居していたり。なんだろうねー、これは。と、自分にしかわからない苦笑と独り言をもらす。そりゃ、独り言なんだから自分だけがわかっていればいいさ。これもすぐに時効だよ、きっと。
そんなことを考えてみたって、どうにかなるものとどうにもならないものがある。またしても判断ミス? なんて思ってみたって後の祭り。あとはなるがままなすがまま、そしてどうにか思うがまま。
ノンストップで流れてくる曲と、走り回った風景とのシーンがリンクしてこない。 move を聴きながら車を走らせたことは、思っていたよりも少ないのかもしれない。新鮮に聴けて、新鮮に走れるならば、それはそれで楽しいことなんだろう。この 5 年間にも、すり潰されずにいたものが少しくらいはあったということだし。
あなたにとって、この 5 年間ってどんなんだった?
一言で説明できるものじゃないよ。浮いたこともあるし沈んだこともあるし。浮かれたこともあるし落ち込んだこともあるし。意気揚々としていたこともあるし意気消沈極まりなかったこともあるし。グレーより、やや白だったこともあるし、やや黒だったこともある。少しくらいは赤かったこともあるし、淡かったこともあるし、迷彩色だったこともあるし、極彩色だったこともあるし、色に酔いつぶれたこともあるし、色に押し潰されたこともあるし、色に首を絞められたこともあるし、色で首を絞めたこともある。つかみかけたこともあるし、離れるままに為す術なしだったこともある。
でも、ノンストップだったな。立ち止まっているように見えたことがあるかもしれないけど、一度も止まっていなかったから今に至っているのだし。
じゃ、この先はどう展開してくの?
自分の好きに展開することもあるだろうし、自分の思惑とは大きく外れたところで展開することもあるだろうし。思うようになることと思うようにならないことを天秤にかけてみれば、はるかに後者の方が多いように思えてしまうものだろうし。思惑なんてものが本当にあるのだとしても、ついたり離れたりしながら、自分にだってその実像はわかり得なかったりするんだろうね。
途中、少しばかりリタイア気味だったこともあるけど、でもなんだかんだで move 聴き続けててよかったや。自分にリタイヤしなくてよかったのと同じくらいに。そんな他人からすれば取るに足らないことでも、自分のことならば取るに足らないはずもないという感じで。結局は自分なんでしょ。
とりあえず 73分38秒 をノンストップにして、この 5 年を供養してあげるのはなかなか悪くないアイディアだと思うよ。それに専念するには、このところ余裕がないのが難なんだけど。
cf.
move "move super tune" P:2002