ゆっくりと酸化を導く青い炎。どうしてドライアイスに火をつけることはできないのだろうかと、そんなことを唐突に考え出した。常識的すぎる科学的根拠は、この際不問とする。固体からの気化を求めることは性急に過ぎることなんだろうか。激しく乖離する二つの温度を、一つの表面に共存させることは贅沢なんだろうか。それは緩やかであることとは、それほど決定的に異なるものがあるんだろうか。
ありえない化学変化に付き合う時間を割けば割くほど、現実からは取り残されてしまう。音楽が流れる時間と、自分が呼吸の回数を重ねる時間とを切り離し、それでいて、わがままに結合させるための鍵になる、そんな贅沢を得るための隠しアイテム的名盤。だのにそう頻繁に聴こうとする気にならないのは、そんなところに理由があるからなのだろう。
cf.
TSUTCHIE "THANKS FOR LISTENING" P:2002 CCCD