2003年08月27日

First Love / 宇多田ヒカル (1999)

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『DEEP RIVER』 を初めて聴いた時に 「これは時間がかかるぞ」 と思わず身構えた。悪いアルバムではない。むしろ好きなれるアルバムだということもすぐにわかった。が、好きのレベルが身近なものになるまでには相当時間がかかるだろうという予想が先に立った。リアルタイムではその理由が見つからなかったが、今ならばわかる。ここでの宇多田ヒカルは重い。

重さの中身とは、トラックによるものでもボーカルによるものでもリリックによるものでもない。雰囲気としかいいようのない何かが重かった。収録されている楽曲が、アーティストとしての自分自身のリフレクションという意味合いにおいて重くなっているように見えたのだろうか。作り込まれれば作り込まれるほどに、宇多田ヒカルの血がどんどんと濃くなっているように思えていた。

血が濃くなること。それは心の引力が強く働くことではないだろうか。 Dreams Come True のハッピーソングで笑顔になる中高生があふれていたように、宇多田ヒカルが持つ湿気には、聴き手を大きく引き込む力がある。それこそ深い河へと引きずり込む力が。それはきっと 「DISTANCE」 が 「FINAL DISTANCE」 として造り替えられ、あるがままの姿にはふさわしいとは言い難いグラヴィティを持たせてしまったあたりに、分水嶺があったのかもしれない。

では 1st はどうなのだろう。実はここ半月ほど、 『First Love』 がヘビーローテーションになっている。かつて短期間にこれほどまでに回数を重ねて聴いたことはない。そしてようやく今になって、この作品にはそれまでの邦楽ポップスにはありえなかった、上質のコンテンポラリーとしての価値があったのだと理解できるようになってきた。

発売当初、自分は正直なところそれほどこのアルバムには感心できなかった。シングルはあれほど衝撃的だったのに、オリジナル曲のなんと軽いことか、と。今聴いてみれば、その後のアルバムに収録される楽曲への伏線や色合いが多く含まれているのがよくわかる。軽いと感じた色彩はシングル 「COLORS」 に通じるものもある。これがあるからこそ、今の宇多田ヒカルもあるという見方は間違っていない。

ボーカルが若々しい分、アンニュイ系ナンバーも軽めに揚がっており、もたれることなくあっさりと聴ける。中にはとても宇多田ヒカルの声とは思えないほどにクセのない曲もある。それは、作品として作り込んでいくことよりも、むしろ保存しきれないエネルギーとしてのフレッシュネスを送り出していくことを優先していたからかもしれない。送電線を伝ってくる電気のようなものか。そして、硬度を上げるための添加剤が含まれていない、純水のような飲みやすさがあるからこそ、日常的に聴ける 『First Love』 のヘビーローテーションに結びついているのだと思っている。

だとしたら、それ以降の宇多田に感じたヘヴィネスは、リリースの度に常に期待を持たれるビッグアーティストとなってしまったことへの副作用だったのか、それとも敢えて表出することを避けていた "beneath the skin" が、アーティストとしての存在が許される状況になったことによって顕在するに至った、いわば当然の帰結だったのか。

作品の完成度、重さ、そしてそれを作り出す人間。このようなものを重要視するあまり、良質に軽快であることを蔑ろにしていたんじゃないかとも思えてくる。が、どのような経路を辿ったとしても、重さを持つ内面の表現に至るように運命づけられていたのかもしれない。

だからこそ 「あっさりしているのでは?」 というコメントをたびたび見かけた 「COLORS」 を初めて聴いた時には 「これだ」 と思ったのだ。視覚を立体だてるのは色彩そのものである。これを利用して写実的に描いていくことで、歌詞にフィルム的な俯瞰性を持たせることができる。それは内面から内面を描くことよりも遙かに高度で、そして宇多田ヒカルがインターネット配信において 「20代もイケイケ」 とタイトルをつけたように、少しばかり突き抜けて、そして照れの感じられる軽さがあった。その軽さこそが 『First Love』 から通じる、宇多田ヒカルの軽やかな光なのだろう。

アルバムは 3 枚一区切りと言われることがある。それならば、次のアルバムでは 『First Love』 の軽さを左手の光に、そしてそれ以降の重さを右手の陰とした、軽妙なハイブリッドが生まれるのではないかと期待をしている。日常的に聴けて、それでいて、時折ふと陰に落とし込まれるような、そんなトラップがそこかしこに仕掛けられているような作品を。

cf.
宇多田ヒカル "First Love" P:1999
宇多田ヒカル "Distance" P:2001
宇多田ヒカル "DEEP RIVER" P:2002

宇多田ヒカル "FINAL DISTANCE" P:2001
宇多田ヒカル "COLORS" P:2003