2003年08月05日

Tales from the Hudson / Michael Brecker (1996) -ジャズ若葉-

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恥ずかしく思う必要はないのだろうが、少し恥ずかしい気もする。自分が Michael Brecker を聴くようになったきっかけは、 SMAP 作品での演奏と、PAT METHENY がアルバムに参加しているという理由からだった。この二組の名前を挙げるだけでも随分とわかりやすい音楽性が想像できるだろうし、グラミー賞の常連という圧倒的な評価もある。若葉マークをぶら下げた人間が入る店としては、十分にマトモな選択だったんじゃないかと思っている。

とはいえ、それほど頻繁に聴くわけでもなく、年に数回聴けばいい方。だから棚には何枚かのアルバムが並んではいるが、どのアルバムにどの曲が入っているか、いまだに覚えていない。再生ボタンを押し 1 曲目が流れた時点ではじめて、 「あ、このアルバムか」 とわかるようなひどいリスナーだ。演奏技巧の一つ一つを解析しながら聴く耳もない。ただ、自分の耳との相性がとても良いアーティストであるのは間違いない。身体が感じるし、視覚も触発される。聴く理由としては十分だ。

わかばであってもチェリーじゃない。そんな自分にとってのジャズは、耳から入ってくる演奏にどれだけ入り込めるかにある。曲としての箍 (フォーマット) があって、演奏者の気ままだけに任せないわかりやすさは重要。だからなのか、スピーディな曲は大好きだし、想像に及ばない発想の源が呼び合うインプロビゼーションを聴いていると最高にしびれる。現代的な録音技術に慣れた耳だから、録音は極力最近の物の方がいい。ビンテージ物のジャズを聴くのは、まだもうしばらく後になってからでいい。

テクニックやそれに関する用語について知るのは、まだ先でいいと思っている。耳に聞こえてくる演奏を迂闊に言葉で固定してしまうことが、音をありのままの音として聞き取る妨げにもなりかねない。音から得られる自由な発想を、知識で固定してしまう危険性が怖い。聞こえてくる音が、全て活字になってしまうのは不幸。自由に聴くことを許される、ものすごく懐の広い、そんなオトナなところがジャズなんだろうと思っている。

夕べは、持っている Michael Brecker 作品の中でも、最も古い作品をディスクマンにセットした。古いと言っても 96 年の作品。これも、名作が数多存在するジャズからすれば、若葉マークの作品なんだろう。

楽器同士が向き合いながら、終止線を目指して疾走していく。あぁ、この人たちは今、最高に楽しみながら音を出している。そう思える音楽というのは、最高にイカしている。今思えば自分にとっての随分と先物買いだったアルバムだけれども、音の隙間に聴きたい物を求めるこのところの傾向からすれば、なかなかよい先行投資だったといえる。なるほど、これはいい音で聴きたくなるジャンルなわけで、こうやって次から次へと投資の対象が増えていくことになる。オトナでないとどうにもならない。

cf.
Michael Brecker "Tales from the Hudson" P:1996