SACDかハイレゾか、それが問題だ。

めでたく我がチープオーディオシステムにDENON「DCD-1500RE」が加わった。CD、SACDの再生はもちろんのこと、USB-DACとしての機能も十分、デジタル入力端子も備えているのでBlu-rayレコーダーからの出力もまかなえるという、まさに司令塔的一台。それでいて店頭価格は8万円台前半。発表当時から「もうこれしかない」と惚れ込み、ようやく予算の目処が立ったので購入に踏み切った。

最も期待していた機能の一つはSACDの再生。それまで使っていたPioneer「DV-600AV」はオーディオのお師匠様がばらしてくれたカラクリによって、SACDの音質もCD音質になってしまうことがわかっており、それを納得した上で使っていたのだけれども、SACDディスクが増えるにつれ不満は増すばかり。「もっといい音がでるのでしょ?」という期待感を込めて、新機を手に入れた次第。これに関してはもう完全に合格点。平井堅『gainling through losing』を流し始めた瞬間に、エネルギーから定位から分離から何もかもが別世界。なるほど僕が今まで聴いてきたのは本当にCD音質だったのだなと納得。

そしてもう一点の期待がUSB-DACとしての音質。CDからのリッピングには基本的にMP3の192kbpsを使っているので、音質は比較的二の次。そもそも自分の耳ではそれ以上のビットレートとの区別がつかない。それでいてもMP3の音源までもを非常にエネルギッシュかつ繊細に再生してくれる。出てくる音に不満はない。それだけ機械側の処理が上手いと言うことなのだろう。

となると…そう、ハイレゾ。これが再生出来るということが今回最も期待をしていた内容かもしれない。試しにダウンロードしてみたのがMichael Jackson『Thriller』、上原ひろみ『MOVE』、Saigenji『One Voice, One Guitar』の3作。サンプリングレートの異なる3つの音源を鳴らすと、それぞれに個性が前面に出てきて非常に面白い。

Michael JacksonはCDに見られる音圧の高さから反するように、鳴っている音の粒一つ一つをトリートメントしてパズルのように配置している印象。音の塊ではなく、整然とした音の集合体。反面教師的にCDリマスタの害を訴えかける音作り。

上原ひろみはとにかくエネルギッシュ。トリオからなる構成のどの楽器の押し引きも再現し、主役を張るべきところでは音が快活に、装飾となる部分ではあくまでも寄り添うように音が鳴る。

Sagenjiは最もサンプリングレートは低いものの、CDとの差は歴然。ボーカルが非常にウォームに耳に届き、ギターが間接音を伴って優しく響く。必然的にボリュームもぐいぐい上がっていき、それでも一切の破綻を見せない。

総じて、ハイレゾ、すごい。

と、購入して1週間も経っていない間にその性能を十分に堪能しているわけではあるけれども、そこでふと疑問に思ってしまったことがある。それがSACDとハイレゾとの棲み分けの方法。確かにハイレゾはどこまでも音を追求しDSD再生なる狂気の領域にまで達しているけれども、SACDだって手ごろな価格で高音質を提供していることには変わりはない。

それでも「時代はハイレゾ」とばかりPCオーディオを推奨する記事や雑誌がちまたに溢れ、SACDはもう過去の物として忘れ去られようとしているきらいがある。確かにSACDには致命的な欠点がある、それは可搬性に欠けると言うこと。音楽を外に持ち出すという行為が当たり前となった今、持ち運べない音楽はエンジンを失った車にもなりかねないのではないかという危惧。

ハイレゾであるならば対応プレイヤーも次々と発表され、そしてひょっとしたらひょっとしてAppleだって手を出し始めるかもしれない。すでに大手メーカーとしてSONYがハイレゾ対応機器を矢継ぎ早に発表しているあたり、Appleだって黙ってはいないだろう。もしそのようなことが起きてしまったら、音楽にはある種の革命が起こることになる。超高音質を持ち出して聴くという新たな世界の始まりだ。

無論、それは一部のオーディオマニアだけにしか関係のない話だと笑い飛ばすことも可能かもしれないが、技術の進化手前にあるものというのは常に笑われがちだ。今、もしそれが嘲笑の対象となっているのであれば、それは数年後のスタンダードになっているかもしれないのだ。

さて、SACDとハイレゾ音源。お互いにどういう位置づけとして存在していくか、新機種を買った今となっては高みの見物と決め込もうじゃないか。勝敗がつくのか両立するのか、どちらに転んでも今の自分は痛くはない。一ユーザーとしてその先をただ見つめながら、お互いに付き合って行く生活をしていこうじゃないか。

(オリジナル投稿:2014/01/04)

四十路の音楽