竹内まりや『REQUEST -30th Anniversary Edition-』(2017)


自分語り。

1987年、自分はまだ中学生活のど真ん中にあった。母に結核の疑いがかかり、空気の良い田舎で静養するために、東京から宮城の本当に何もない片田舎に引っ込んだのが丁度そのタイミングのことだった。

相変わらずの音楽少年だった自分は、FM放送もノイズだらけで入らないその田舎で、それまで大好きだったエアチェックもロクに出来ない環境に嫌気がさし、5km離れた隣町にあるレンタルレコードショップまで自転車で往復する週末を送っていた。

また、宮城の中学生活ではいわゆる豪農と言われる家系にある同級生が何人かおり、彼らは必ずと言っていいほど、当時の最先端のミニコンポを持っていた。まだまだCDプレイヤーが高嶺の花だった頃の話だ。自分は少ないお小遣いから捻出して買ったカセットテープを持っては彼らの家に行き、彼らが買ってもらえていたCDやレコードをダビングしてもらい、先に述べたレンタルレコードショップとこの方法で、音楽への接触の糸を辛うじて繋いでいた。

その中で出逢った1枚のアルバムが竹内まりやというアーティストの『REQUEST』というアルバムだった。「という」と記したのは、当時の自分がメインに聴いていた音楽はいわゆるアイドル歌謡と呼ばれるジャンルであり、当時はニューミュージックと称されて分類されていたと記憶している竹内まりや本人の音楽に触れたのは、これが初めてのことだったからだ。

そして当時の自分は、そのセンスの高い音楽、いや、実際にはそこまで意識していなかったかもしれないが、とにかくお洒落でカッコいい、何よりも中森明菜や中山美穂、そして薬師丸ひろ子に書かれ、彼女らの声で聴き慣れた曲が、大人の女性である作家自身の声で歌われているという目の前の事実に大きな衝撃を覚えたのだった。

そのカセットテープは愛聴という言葉がふさわしいほどに何度も何度も繰り返し聴いた。何がそこまで自分を引きつけたのかは今となってはもう分からないことだが、あれから30年が経った今、リマスタ盤としてリリースされた本作を聴くと、構築された音の芳醇さ、ボーカルの何とも言えないふくよかさ、それらが純粋で邪念のない中学生当時の音楽少年の心にダイレクトに響いたのだろうと考えるに至る。

そのサウンドは色褪せないばかりか、今でも通用する新鮮さと普遍性を持ち、そして自分も大人になったことにより、音を作る全ての要素を理解できるようになったことで、より興味深い、愛すべき作品となって自分の手元に戻ってきた。今度はダビングしてもらったカセットテープではなく、すっかりレガシーメディアとなりつつあるCDとして。

ところで本作を語るにあたっては、サウンドプロデューサーである山下達郎という文字に触れないわけにはいかないのだが、ここまで一度も出てきていない。それは中学生当時の自分はまだ「山下達郎」というアーティストは字面だけの存在であり、その音楽に触れる機会が結局ほとんど訪れないまま、30代まで引きずってしまったからに他ならない。山下達郎なるミュージシャンの凄まじさに心の底から気付かされるには、あれからさらに30年近い年月が必要となる。これは蛇足の話。

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