詠む音楽

Distance

宇多田ヒカル (2001)

今考えてもどうしようもないこと、時おり極論を交えて。対向車線の馬鹿なハイビームに目がくらみ、センターラインを踏み外してはあわててステアリングを戻している。真夜中の運転は大抵が無理矢理。寝る前のもったいないお化けが風呂敷包みを抱えてやってくる晩。挨拶もそこそこに、次々に自慢の眠らせないグッズを取り出しては、物の良さを能弁に喋り尽くす。片っ端から。頭の主人は 「間に合ってますよ」 の一言すら面倒で、並べられた懊悩と保留案件についてただただご丁寧にご高説賜る未明。頭の外郭はほとんど死に体で、前を走るテールランプと信号の赤だけはうっかり追い越すことのないように。南へ南へと下っていけば、年中無休終日操業の鉄工所と火力発電所と精油所とその他エトセトラエトセトラの鉄骨と煙突が右手にずらずらと立ち並ぶ。吐き出される煙が、吐き出した工場の窓が盛大に飾り立てる橙の光に踊らされて、空全体が鈍く発色する。月は真っ赤に霞みきり、ここを走るご主人様よりも先に眠りに就こうとしている。今すぐ眠りたいというのに、戻るにも面倒な距離を走ってきた手前、意地でもどこかしら折り合いをつけるだけの価値ある場所までたどり着いてやる。何か癪に障る。

隣の車も気にならない。遠くに見える次の信号が青に変わるタイミングだけを見計らう。クリック、クロック、クリック、クロック。キックドラムとスネアドラムの同期に瑕疵はない。それを認めたとたんに、タイミングを読み誤って赤信号のペナルティを食らう。ずれたメガネと、少しだけ開いている窓との細い線を首の角度一つで調整して、 90 度向こうの青信号を見つめる。どうせ何もやってこない。見ていたものは青信号なのだから、このままクラッチをつないでしまえばいい。粗忽なんじゃない、これは合理的というものだ。クリック、クロック、クリック、クロック。次の商品は明日のスケジュールでございます。次に登場します商品は一年後のあなたの全関節可動型等身大フィギュアでございます。本日最大の目玉は、これまでのあなたの無駄な時間とこれからのあなたの無駄な時間を記録しました、無修正物 DVD でございます。クリック、クロック、クリック、クロック。クリック、クロック、クリック、クロック。目覚める前の瞬間芸が夢ならば、テキ屋の話術は何秒間の出来事だ。ぼやけた視線の先は赤信号。意気地なしに向けて掲げられたサインボードに 「GO」 と書いてある。どこでフィニッシュしようが、誰が迎えてくれるわけでもない。それでも行け、とさ。しかも命令形だ。何か癪に障る。

もうそろそろ、店じまいをしてはくれないだろうか。残り 14km の標識で終わりにするよ。 4 分でワンサイクルの同期を 3 回待つか待たないかだ、いい加減許してやってくれ。それではそろそろ閉店といたしましょうか。ただし私めなどが口にするのも憚れますが、商品を片づけたとしても、床に残った擦り傷はもう二度と取れることはございません。これは記録されたのではありません。上書きされることはありません。記憶されてしまったのです。これは私からのちょっとした洒落っ気、 「蛍の光」 でございます。聴けばあなたの頭が応じます。クリック、クロック、クリック、クロック。店を閉めるのは私ではなく、店から出て行ったお客様、あなたなのでございます。毎度おおきに。こいつ、誰のおかげで店を持たせてもらってると思ってんだ。いいえ、その喧嘩だけは私めの売り物ではございません。あなたが勝手に作り出して、勝手に買い込んでいる思いこみに過ぎません。一度でも聴いてしまえば二度と離れないからこそシンクロなのでございます。一度でもタイミングがあってしまえば二度とずれることがないからこそシンクロなのでございます。こいつ癪に障る。

イジェクト。

「蛍の光」 でございます。