詠む音楽

FAMILY

スガシカオ (1998)

空席も見当たらない日付変更前の終電車。いつもの疲れとありきたりの空虚の日々を、何も知らずに恋焦がれ、憧れるヤツらへ。

切り離された場所に僕らは住んでいると言うことにも気がつくよしもなく、むしろ少しでも事実を無視しようと黙殺している。都合の良いビジョンだけに妄想を注ぎ込む馬鹿馬鹿しさ。この街を目指している印画紙の夢は、言葉に出さないことを強い意志と思いこみ、認めながらもその時点で敗北を意味し、恐れるが故に他人に託しているだけなんだろう。転がり込む偶然の出来事に縛られている限り、いつまでも時間は平面のカンバスに描く擬似体験の下で、大して長くもない人生を朽ち果て終わらせてしまえば、それもまた幸せに違いない。

気づけば数分前の出来事でさえ反復することの出来ない日が訪れ、彼は自分の平面に縛り付けられてしまう。その分だけ自分が優位に立っていると思ってもバチは当たらないだろう。さもなければ縁がなかったと諦めてしまえば気が楽になるから。お互いに。これが歴然。

一つ一つ目で追いかける駅名表示と心拍数は、この街で積み重ねるカルマ。それすらも知ろうとしないヤツらに、それを語らせる口もない。