詠む音楽

atlas

PSY・S (1989)

ファンタジー。センチメンタルを手に入れる手段、それは作り出すこと。出現させ、そこに浸ったときに、望む球体が己の内にのみ生まれる。そのようにして全てを獲得する。

球体は有り得ない世界。極限までに薄く延ばされた、飽和したガラスに投影された世界。そしてその中に燃え盛る炎。全てが有り得ない出来事。全てはショーケースの中にのみ存在し、触れたその瞬間に黒く転じ、ただの塊となってしまうかのように、神経だけで作られた世界。ゆえに触れることもできず、眺めるだけの楽しみ、その作られた仕組みの想像だけに終始せざるを得ない世界。

透明な境は、ないものとみなせ。ゆえに炎は姿を隠すことも出来ずに、周囲に影と光を作り出し、その全てが固定することを知らないがために、常に漂い続けながら揺られ呑み込まれて行く。穴という穴に入り込み、浸透し、そして全てを炎で埋め尽くそうとすべく、体内から流れ出す水は涙。漂う炎、疾駆する炎、うねる炎。体を焼くのではなく、包む。そして全てが飽和して、触れた瞬間に固定されてしまう。それは理解。

幻想を理解することはできない。幻でしかなく、形がないからこそ幻であり、それは理解を許さない存在。いや、存在することすら認められない。この瞬間と、あの瞬間が異なるように、他との同化、そして説明づけをすることができないからこそファンタジーであり、有り得ない出来事としての存在を生み出す喜び。そして再び戻ってゆくループ。たとえ幻想であっても、それは現実の時間の上に成り立つイメージであり、だからこそクリスタルな球体に触れることができない。

重ねることの出来ない軸の上での事件、これもただの言葉遊びと暗号の羅列。読み方を知らない地図。獲得できない位置。迷い込み、逃れる為に作り出す幻想。逃げる喜び。有り得ない球と炎と、そしてそれを生み出しても残せないことに気がつくのは、いつも、最後を知ってから。